サステナブルの知恵を江戸から学ぶ

2026年3月13日

200年以上前、江戸には100万人もの人々が暮らしていました。保存や輸送の技術が発達していなかった時代にこれだけの人口が暮らすには、食材を無駄なく使い切り、様々な資源を循環させていく工夫が必要でした。江戸のフードカルチャーには現代の私たちが今こそ見つめ直したい、豊かで驚きに満ちた循環型社会のヒントが隠されています。

この記事では、食事をおいしく食べるだけでなく、資源を有効活用するアイデアに溢れた江戸の伝統的な食文化を紹介します。

大都市・江戸で生まれたフードカルチャー

江戸湾で獲れた魚が江戸の食文化を豊かにしてきた

江戸の食文化は、現在の東京湾にあたる江戸湾の豊かな漁場が支えていました。しかし、この豊かさは単なる自然の恵みだけではありません。人口100万人を超える大都市・江戸から出る排せつ物などは、リサイクル業者によって肥料として近郊の農地へ還元されていました。その栄養分が川を通じて海へ流れ込むことで、プランクトンが豊富な海が育まれていたのです。

つまり、都市の営みが海を豊かにする、江戸ならではのサステナブルな循環システムが、江戸前の極上の魚を育んでいたと言えます。

しかし冷蔵庫も輸送設備もないこの時代、魚の鮮度を保つことは困難でした。そこで、酢や醤油で締める、発酵させるといった保存のための加工技術が発達しました。たとえば、傷みやすいマグロなどを醤油やみりんのタレで焼く「雉焼き」や、ネギと共に煮込んで味わう「ねぎま鍋」など、制約の中から生まれた様々な料理が、江戸の食卓を彩っていきました。

また、食材を無駄にしない工夫も徹底されていました。魚の頭や骨も、捨てずにカリカリになるまで焼いて砕き、ふりかけにして食べていました。この調理法は「焼き頭」と呼ばれています。

魚の皮も調理して食べ切るのが江戸のフードカルチャー

他にも、ウサギや鳥の肉を食べる際には内臓まで料理に使い、魚もはらわたまで調理されていました。さらに鮮度が落ちた魚も、味の強い調味料と共に煮ることで、捨てずに食べていたのです。

このように、江戸の人々はフードロスを最小限に抑える工夫をしながら暮らしてきました。資源が限られていた時代に多くの人々が暮らしていくため、無駄なく使い切り、ゴミになってしまったものも循環させることで、サステナブルな社会を作り上げたのが江戸のまちでした。

江戸らしい味わいを作った調味料:江戸味噌と麹

江戸食の特徴のひとつに、甘い味付けの「江戸味噌」があります。江戸味噌は大豆、塩、米麹の3つを原料とした調味料で、江戸近郊でとれる原料を使い、さらに冷蔵庫がない時代でも長期保存ができるサステナブルな食品です。

江戸味噌が生まれたのは江戸の人口が増えて味噌の供給が追いつかなくなったことがきっかけでした。味噌を大量生産するために、味噌の原料である麹を増やし、発酵を早める手法で作ると、麹の影響で甘い味わいになります。この味わいが江戸味噌らしさとなっていきました。

江戸食の特徴のひとつである江戸味噌

当時は醤油が高価だったため、庶民にも手が届くよう大量生産方式で作られた江戸味噌は、重要な調味料でした。

この独特な甘口と濃厚な味わいは、「煮抜き」という調理法を通して現代の蕎麦つゆの味にも影響を与えています。当時は味噌と鰹節を煮詰めたものを濾してつくる煮抜きの製法で、蕎麦のつゆを作っていました。醤油とみりんが安く大量に作れるようになってからは蕎麦つゆはこのふたつの調味料を合わせて作られるようになりましたが、その味わいは煮抜きで作ったつゆの味わいを参考にしていると言われています。このように、江戸味噌は江戸の食文化に強い影響を与えています。

もうひとつ、伝統的な江戸食に欠かせない調味料が麹です。砂糖が貴重だった当時、麹が作る自然な甘みが料理の味の幅を広げたのです。また、江戸時代は日本酒文化が花開いた時代でもありました。日本酒を作る工程で出る副産物である酒粕も、甘みやコクを出すための調味料として使われました。

古い文献にも麹や酒粕を使うレシピが残っており、餡子を煮る際に「酒粕を加える」といった記述もあり、麹や酒粕が重要な調味料だったことがわかります。こうした発酵調味料はうまみを引き出す効果もありました。

味噌や麹、酒粕といった発酵食材は味付けとしてだけでなく、食材の保存性と栄養価を高める効果もありました。ここにもまた、食べ物を無駄にせずに食べ切るサステナビリティへの姿勢が見られます。江戸の食文化は、サステナブルでありながら豊かな味わいと健康的な食べ方を両立させる知恵であったことがわかります。

江戸の食文化の多様性

江戸前料理 芝浜のシェフ・海原 大氏

江戸前料理専門店「江戸前料理 芝浜」を営む海原大さんは、江戸の料理書を読み解き、現代に蘇らせる江戸料理の研究家でもあります。海原さんによれば、江戸食の特徴は江戸湾を形成した地形と、人口が100万を超える大都市であったことが背景にあると言います。

豊富な漁場から食材となる魚介類がたくさん獲れたことが、江戸の人々の胃袋を支えてきました。しかし冷蔵庫もない時代に100万人を超える人口を抱えるには、無駄を出さずに使い切る工夫が必要でした。

そのために調理技術や発酵食材を使った保存技術が生まれ、安価に大量生産できる調味料として江戸味噌や酒粕を使った料理も発展していきました。

また当時の日本は階級社会で、江戸には武士から商人、僧侶まで様々な人が暮らす中で、特に武士の中には地方の藩から江戸に派遣された人もいました。彼らが江戸に集まることで、各地の食文化が交差するきっかけになったのです。さらに僧侶の精進料理の文化など、多様な食文化が混じり合うことで江戸の食文化はさらに豊かなものになっていきました。

江戸のまちは都市の働き手として独身男性が多かったことから、飲食店や惣菜が増えたのも特徴です。こうした外食文化が料理のレパートリーを増やし、江戸には相撲の番付風に人気レシピを紹介する紙も発行されました。

江戸前料理 芝浜店内に飾られている「日用倹約料理仕方角力番付」

このランキングでは、江戸の人々の間で人気が高かった料理がまとめられています。右側には動物性タンパク質を使わない精進料理、左側には魚を使った料理がまとめられています。

「江戸前料理 芝浜」では、このランキングの中から「まぐろの雉焼き」という料理を提供しています。

日用倹約料理仕方角力番付にも出てくるまぐろの雉焼き

海原さんによれば、江戸では「旬」の捉え方も特徴的だったと言います。現代では旬は食材がもっとも美味しい時期として捉えられていますが、江戸はたくさん獲れる時期を旬としていたと考えられます。

「たとえば、鰆という魚は漢字で『春の魚』と書きます。しかし、鰆がおいしい時期は実は冬なんです。ではなぜ春という字が入っているかというと、春に岸辺に寄ってくるので簡単に大量に獲ることができたからです」

このように、無理に高級な初物を追わず、大量に獲れる時期に合わせて食べることで、結果として資源を守り、誰もが美食を楽しめる合理的かつ民主的な考え方も、江戸の食文化の特徴です。
海原さんも「当時の食文化を学ぶたびにサステナブルなエコシステムに驚かされます。このような社会の仕組みは現代にも参考になるのではないでしょうか」と語ります。

こうした江戸の食文化や考え方は現代の東京にも受け継がれています。東京観光の際には、資源を無駄にしない工夫やサステナブルな姿勢もぜひ体感してみてください。

江戸前料理 芝浜の店内

江戸前料理 芝浜

海原  大

かいばら  ひろし

1979年生まれ、東京都出身。イタリアンレストランでの経験を経て、葉山の名店「日影茶屋」をはじめとする和食店で修業。古い文献を参考に江戸の食文化を探究し、2016年に「太華」を開業。店名を「江戸前料理 芝浜」に改名し、現在に至る。
住所
東京都港区芝2-22-23 冨味ビル1階
http://www.taika-shiba.com/

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