バスク料理の新天地が東京に誕生

2026年2月19日

世界の中でも、とくに活気と変化に富んだ食文化を擁する都市として知られる東京。名だたるレストランと、ごく普通の居酒屋が混在し、多彩な要素が折り重なるその風景は、人を惹きつけてやまない。しかし、この街の真価は、選択肢の多さにあるのではない。食材と伝統に対する深い敬意、それらを損なうことなく、新たな味わいへと昇華させていく姿勢にこそ、東京の食文化の本質がある。

その精神に強く引き寄せられたのが、持続可能性を重視した料理の先駆者、バスク地方出身のシェフのエネコ・アチャ氏(以下アチャシェフ)。彼は活気あふれるこの都市に、自らの料理思想を世界に広げるための新たな拠点を築いた。

ここでは、アチャシェフと彼のレストラン「ENEKO Tokyo」を通して、スペイン北部のバスク地方(現地名:エウスカディ。以下バスク)と東京で紡がれる美食の対話をひもとく。同時に、世界中のフードトラベラーを惹きつけてやまない、東京という街の包容力と奥行きにも迫ってみる。

シェフ エネコ アチャ

伝統に根ざした、グローバルなビジョン

アチャシェフは、単なる料理人ではない。料理を通して自らの思想を語る、稀有な存在だ。食への情熱が土地に深く根付き、美食文化の地として知られるバスク(人口に対して、世界的に名の知れたレストランの出店密度が非常に高い地域)に生まれ育ち、小さなレストランから一歩ずつキャリアを築き上げていった

アチャシェフの料理哲学の核にあるのは、幼少期に培われた価値観にある。2015年にはスペイン最高位の料理功労賞を受賞。その数々の栄誉は、卓越した技術だけでなく、サステナビリティへの強い意志と革新的な姿勢を裏付けるものだ。

「バスクで生まれ育ち、伝統の重み、良質な食材、自然への敬意を幼い頃から学んだ。小さな店から始めて、経験と時間を重ね、形にしたのが、アスルメンディだ。旅をし、海外で学び、賞もいただいた。しかし、すべては人と環境により深く向き合うためでなければ意味がない。」
その思いが身を結び、世界屈指の名店として名高い「アスルメンディ」を率いるまでに至った。同店は、レストランガイドなどにおいても常に世界最高峰として評価されている。

では、なぜ東京なのか。

その問いに対し、アチャシェフはバスクと日本の精神的な近さを挙げる。

自然、人、文化への深い敬意。

両者は、驚くほど共通する価値観を持っている、と言う。

遠く離れていても、驚くほど似ている

日本料理とバスク料理は、地理的には大きく離れている。しかし、その根底に流れる料理哲学には、数多くの共通点が見られる。

最も顕著なのは、食材の質、新鮮さ、そして本来の味わいを最優先する姿勢だ。日本の「旬」という概念は、最良の状態で食材を味わう思想の象徴。一方、バスク料理もまた、地元の食材を最も輝く瞬間に使うことを何よりも重視する。調理は最小限。素材の力を引き出すことが目的だ。

海と山に恵まれた地理条件、そして自然への深い敬意。これも両地域に共通する特徴である。日本料理は四季と密接に結びつき、山菜、魚介、土地の恵みを巧みに取り入れる。バスクでも同様に、農家や漁師との密接な関係が料理文化を支え、地域の生態系がそのまま皿の上に映し出される。

味わいに対する考え方もよく似ている。必要以上に手を加えることを避け、入念な下ごしらえと味の調和を尊ぶ。豊かさの中に潜む繊細さを重んじる点で共通している。盛り付けもまたミニマル。素材の自然な美しさを際立たせるための引き算の美学だ。
醤油、味噌、酒を使う日本料理。オリーブオイル、唐辛子、トマトを軸にするバスク料理。技法や風味は異なれど、「食材への絶対的な敬意」と、土地への深い結びつきという本質は同じだ。

到着時に供される、さまざまな軽食を詰め合わせた“ピクニック”。

この緑に囲まれた空間では、さらにいくつかの小皿が用意される。

意外な、しかし必然だった「第二の故郷」

初めて東京を訪れた際、アチャシェフが抱いたのは、深い感銘だった。隙のない仕事ぶり、無駄のない振る舞い、落ち着いた静けさ、そして他者への思いやり。

その感嘆はやがて愛着へと変わり、今では深い親近感を抱くまでになった。日本、とりわけ東京は、彼にとって第二の故郷だ。
 ENEKO Tokyoのオープンは2017年。厨房を率いるのは、フランス料理をバックボーンに持ち、スペインのアスルメンディでも研鑽を積んだ磯島シェフ。彼の存在は、両文化をつなぐ重要な架け橋となっている。

ENEKO Tokyoを貫く哲学は、「対話」。エウスカディと日本、伝統と現代、記憶と自然。それらを結びつける試みだ。言語や文化、時間の感覚といった東京ならではの条件と対峙し、適切に応えていくことが得がたい経験となる。要求水準の高いこの街は、料理人にさらなる精度を求める。アチャシェフにとって、それは歓迎すべき刺激だ。

彼が目指す最終形。それは「バスクの技、日本の素材、そして削ぎ落とされた美意識」で結実するキッチンだ。

目指すは“日本のアスルメンディ”。

ENEKO Tokyoのヘッドシェフ磯島仁

東京は、新たなインスピレーションの宝庫

食に対して感性の鋭い旅行者にとって、東京は五感を揺さぶる都市だ。アチャシェフにとっては、尽きることのないインスピレーションの宝庫でもある。

バスクにも世界的な食材は揃っている。一方で日本には、香りに対する繊細性、職人技、そして素材に向き合う独自の精神性が息づいている。

柚子やすだちの鮮烈な柑橘香。味噌をはじめとする発酵食品の奥深さ。それらは、保存食文化を持つバスク料理と強く共鳴する。加えて、日本の魚介の質と多様性は、表現の可能性を無限に広げる。
 ENEKO Tokyoで生まれる最も刺激的な料理は、異なる文化が出会う場から生まれるものだ。それは「日本で出されるバスク料理」ではない。両文化が交わり、影響し合うことで初めて成立する、唯一無二の創作だ。

日本の技法で整えた澄んだ出汁に、バスクの野菜や青魚を合わせる一皿。シンプルな玉ねぎのスープでさえ、異なる食文化が交わることで滋味あふれる一皿へと昇華する。

カイピリーニャの爽快感に着想を得て、バラの繊細な香りを重ね、日本酒で奥行きを加えた一杯。

わさびとキャビアを添えたサーモンのタルタル。ひと口サイズのタルトの中で、海の恵みのさまざまな食感が溶け合い、心地よい調和を描く一品。

おもてなし、サステナビリティ、開かれた食卓

バスクと日本に共通する食材への敬意は、サステナビリティと多様な人を受け入れる考え方にもつながっている。アチャシェフにとって環境への配慮は、料理の根幹を成す柱のひとつ。地産地消や旬を重んじる日本の食文化と、極めて自然に重なり合う。ENEKO Tokyoでは、地元食材の優先、生産者との関係づくり、廃棄物削減への継続的な取り組みが日常となっている。

アチャシェフが考える真の完成度は、料理そのものにとどまらない。体験全体が、誰にとっても開かれていること。それが理想だ。多様な宗教観や食制限を持つ人々が集まる東京において、それは「本物のおもてなし」を実践する絶好の場でもある。人、生産者、そして地球への深い敬意。そのすべてが、ENEKO Tokyoの体験を支えている。

料理とは、私にとって愛の行為だ。他者を思いやり、大地を敬い、美と調和を生み出す手段。「あなたに寄り添っている」という想いを伝えるための、ひとつの方法なのだ。

美食の旅人へのアドバイス

アチャシェフは東京を、「地球上で最も豊かな食文化を誇る街のひとつ」と捉えている。食を目的に訪れるなら、その多様さを余すことなく味わうべきだ。スーパーマーケットやファーマーズマーケットで季節の食材に触れる体験。小さな居酒屋から世界的な名店まで、実に多彩な食の風景をもつ街なのだから。

そして最後に、彼の考える東京で食事を楽しむ際の心構えも加えておこう。静けさを重んじ、時間は厳守する。もてなしに対す敬意を大切にし、感謝を伝える。いずれも堅苦しい規則ではなく、個々人の礼節にゆだねられるものだ。観察し、耳を傾け、流れに身を委ねる。謙虚さと敬意を持って向き合えば、体験はより深く、豊かなものとなる。

アチャシェフにとって東京は、単なる名店の集積地ではない。自然と職人技への共通の敬意が、世界との対話と進化を生み出す特別な舞台。

ここでは、一皿一皿が、静かに手渡される贈り物となる。

イチジクの葉を使ったアイスクリーム。イチジクの木が放つ青々しい香りと、完熟の甘みが重なり合い、夏の気配と自然の豊かさがそのまま閉じ込められた一品。

ENEKO Tokyo

エネコ・アチャ

Eneko Atxa

バスク出身の1977年生まれ。レイオア・ホスピタリティ・スクールで伝統的なバスク料理を学ぶ。数々の有名店で料理長を務めた後、2005年に「アスルメンディ」を開店。35歳で世界的に有名なレストランガイドに認められ、スペイン美食史上最も若いシェフのひとりとなった。
エグゼクティブシェフ兼ゼネラルマネージャー:磯島仁
住所
東京都港区西麻布3-16-28 TOKION 西麻布
https://eneko.tokyo/

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