東京の日本酒。酒蔵で伝統的な酒づくりを見学する
日本酒はしばしば英語でライスワインとも表現されます。日本酒は原料は米と水のみ。この非常にシンプルな原料を使用し、日本の伝統的な技術で酒を作り上げているのです。仕上がった日本酒は、その土地の気候風土と食文化を反映した、まさにテロワールを感じられる酒です。
新宿駅から電車で約1時間半ほどの東京郊外にある多摩地域は、東京都の約半分の広大な面積を占める、自然豊かな地域です。美しい清流が流れるこの場所にも、土地の恵みとともに300年以上酒づくりを続ける酒蔵があります。小澤酒造の吉﨑真之介氏は、酒蔵を案内しながら「酒を作るのは私たちではありません。自然の恵みがあり、微生物が酒を作るのです。その環境を作るのが人だと思っています」と話します。
伝統的な酒づくりを受け継ぐ酒蔵を訪ね、東京の多摩地域ならではの気候や風土を感じながら、それらが生んだ日本酒の味を体感してみましょう。
お話を伺った清酒 澤乃井の醸造元、小澤酒造株式会社 プランニング&デザイン室 吉﨑 真之介さん。
伝統の製法を続ける、東京の日本酒蔵
日本酒はその土地の恵みである清らかな水と米を使用し、古くから神聖なものとされてきました。その醸造技術は職人によって現代まで大切に受け継がれています。日本の伝統的なこうじ菌を使った“伝統的酒造り”は、2024年にユネスコ無形文化遺産に登録されており、日本酒の醸造もそのひとつです。
日本酒「澤乃井」のシンボルマークは、清流に住むといわれるサワガニです。
原料の水が湧く井戸は、神聖な場所とされています。
小澤酒造もその伝統的な酒造りをおこなう酒蔵のひとつで、江戸時代の製法を今でも受け継いでいます。小澤酒造が酒造りをはじめたのは江戸時代の中期以降。武将、武田信玄の家臣だった一族がこの地に逃れ、初代が林業を興したのちに、湧水を使って酒造りをはじめたといいます。
「林業を営んでいたことから、清らかな湧水の場所を知っていたのでしょう。酒造りに合う水が確保できたことが、酒蔵として長く続いた理由のひとつです」と吉﨑さんは話します。
江戸時代の中期以降は、食文化の発展とともに庶民が日常的に日本酒を飲みはじめ、様々な背景から酒造りの技術が進歩した時代でもあります。現在も小澤酒造が一部の酒に用いる日本酒の醸造方法のひとつ「生酛造り」は、その時代に生まれたものです。現代ではもっとスピーディーかつ安定して醸造する方法もありますが、伝統を重んじて、昔ながらの自然の乳酸菌を活かして醸造する酒造りを続けています。
また、小澤酒造は伝統を受け継ぐ取り組みの一環として、2003年より木桶を使用した酒造りを復活させました。時代の移り変わりや衛生面から、現代の酒造りではホーローやステンレス製のタンクを使用することがほとんどですが、酒蔵の裏にある樹齢300年の杉を伐採するにあたり、約50年ぶりに木桶に立ち返る決断をしたといいます。
木桶には微生物が棲みつきやすく、木材特有の風味を醸し出し、洗練された日本酒に複雑な味わいが加わります。300年続く小澤酒造の意志は、技術や酒造りの道具などを通して受け継がれているのです。
2つの湧水が生み出す、日本酒の味わい
小澤酒造では、辛口でキレのある日本酒と、米の甘みを引き出す日本酒の異なるタイプを作り分けています。
長く定番としてきた辛口は、香りや味の個性が強すぎず、あらゆる食事と合わせやすい仕上がりです。この味は多摩地域の食文化とともに生まれたといいます。
吉﨑さんは「私たちの定番とする日本酒は、古くから大衆に親しまれている味です。この地域は林業が盛んで山で仕事をする人が多く、肉体労働のあとは塩分の強い味が好まれました。普段の食事には江戸でも好まれた現在の千葉・野田あたりの醤油が使われていたでしょうし、きっとそれにあうような、辛口の日本酒が求められたのでしょう。当時の江戸で生まれた江戸前天ぷらや江戸前そばといった料理とも相性が良かったと思います」と話します。
一方で米の甘みを引き出した香りも華やかな味わいの日本酒は、技術の進歩の中で生まれ、近年人気が高まっています。フレンチやイタリアンといったワインを飲みたくなるような料理とも相性がよく、現代のバリエーション豊かな食とのペアリングが楽しい仕上がりです。
また小澤酒造では近年、伝統的な技術と現代の技術を用いて、様々な香りや味わいの酒をつくることに挑戦しているといいます。
吉﨑さんは、こうした異なる味わいの酒造りを実現するのに、重要なのは水だと話します。「酒蔵として歴史を重ねる中で、私たちは多摩地域の清らかな水源を2つ使用するようになりました。それぞれに水質が異なり、伝統的なスタイルでつくる日本酒にはミネラルが豊富な中硬水、近年人気の味わいの日本酒には軟水を使い分けています。いずれの湧水も、自然豊かなこの地域の恵みです」と話します。
このように小澤酒造のバリエーション豊かな日本酒は、人が受け継いだ技術と多摩地域の美しい自然が支えているのです。
酒蔵見学で豊かな自然と日本酒の味わいを体験し、結びつける
レストランや酒店で日本酒を飲むのは豊かな食体験ですが、一歩踏み出して、酒蔵を訪ねるとまた一味違う体験ができます。その土地の自然や酒蔵の技術にふれ、そして作り手を知ることで、その日本酒の解像度がぐんと高まるのです。その土地の気候風土を肌で感じながら、日本酒を味わうと、土地と食が結びつき、さらに興味深い文化体験となります。
吉﨑氏は「東京は都会というイメージが強く、日本の方でも日本酒を作っていると話すと驚かれます。でも、ここに来たらいい日本酒ができる場所だと感じてもらえるでしょう」と話します。
小澤酒造では有料で日本酒の飲み比べができます。日本酒を仕込んでいる水を、酔いを和らげる“和らぎ水”として飲めるので、日本酒と同じ量の水を飲むのがおすすめです。
酒蔵によっては、日本酒や酒蔵の特色がわかるような酒造りの現場の見学、日本酒の販売、試飲などができます。四季に合わせた味わいの違う日本酒にも出会え、さらに奥深さを感じられます。
また、酒蔵を訪ねたときには日本酒のほかに、酒粕もぜひチェックしましょう。酒粕は日本酒を絞った後に生まれる搾りかすで、古くから魚や野菜を漬けるベースや、スープの材料としても活用できます。酒屋さんには出回っていないものもあるので、お土産にするのもおすすめです。
東京には多くの酒蔵があり、それぞれが味わい深い日本酒を作っています。ぜひ酒蔵を訪れて日本酒を飲み比べ、酒蔵のある場所の気候と風土、文化を感じ、東京のまた違った一面を感じてください。
澤乃井
吉﨑 真之介
よしざき しんのすけ
1980年東京生まれ。東京農業大学醸造科学科卒業。卒業後は調理師として飲食店勤務。
現在は小澤酒造株式会社のプランニング&デザイン室に所属。
澤乃井の広報業務の他、ホームページ内で澤乃井のお酒に合う季節のおつまみレシピを紹介。
住所
東京都青梅市沢井2-770
https://www.sawanoi-sake.com/
多摩に息づく伝統的な酒造りと、美しい自然
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