精進料理にすべてが宿る—美食、健康、マインドフルネスと"哲学"

2026年1月26日

世界中から人と食が集まる東京。その多様性と包容力は、精進料理 醍醐4代目店主・野村祐介氏をして「東京に勝る都市はない」と言わしめます。あらゆる食文化が交わるこの街では、料理人は多様な価値観や食習慣に応え、独自のおもてなしを磨き続けています。精進料理の哲学を体現しながら革新を続ける野村シェフの視点から、東京の食の魅力と未来を探ります。

誰もが独自のおいしさに出会える街、それが東京

東京の食文化は、多彩で、その多彩さを受け入れて独自に進化させる包容力があり、そして質が高いことで知られています。さまざまな料理のスタイルを網羅し、多様な人生を歩む人々が行きかい、世界中のほぼすべての料理を一都市で楽しむことができます。こうした“食の多様性”は、日本で1300年の歴史を持つ、仏教の教えに基づき植物性食品のみを使った料理である、「精進料理」の精神と深く結びついています。

「世界の数十か国を訪れましたが、多様性、多様を受け入れる包容力、卓越したクオリティの点で、東京に勝る都市はありません」と語るのは、創業77年の精進料理 醍醐・野村祐介シェフです。

「東京の食文化は、思いつく限りすべての料理を網羅しています。フランス料理、イタリア料理、中華料理などは世界中でよく見かけますが、東京では例えばカザフスタン料理やイラン料理、さらにはペルー料理まで楽しむことができます。日本料理だけ見ても、精進料理、寿司、天ぷら、そば、お好み焼き。肉料理なら、しゃぶしゃぶ、すき焼き、焼肉、焼鳥など、その種類の多さには本当に驚かされます。そして、どのお店に行っても、それぞれ違ったおいしさに出会えるのです」。

人のつながり、交通インフラの充実、市場へのアクセスの良さ……料理人を惹きつける東京

東京の食の魅力を語る上で、料理人は最も重要なファクターのひとつですが、東京には世界中のシェフを惹きつける魅力があります。野村シェフは、多くのシェフが東京で腕を振るいたいと考える理由に、人のつながり、交通インフラの充実、市場へのアクセスの良さの3点を挙げます。

「1400万人を超える人口と、年間2000万人以上の訪日旅行者がいる東京には、市井の人々の強固なネットワークと高い消費力があります。さらに、東京には世界最大の中央卸売市場・豊洲市場があり、羽田空港をはじめとする高度に発達した交通インフラも整っています。これにより、日本中の食材はもちろん、ブルガリア産ワインからメキシコ産の食材、台湾の特産品まで、世界各地の希少な食材を東京では容易に入手できるのです」。

広がる多様性と独自のおもてなし

野村シェフは、長く愛されるブランドには、「独自性」「普遍性」「国際性」「多様性」「持続可能性」の5つが揃っていることを指摘、そのうえで、東京のシェフたちはこのマインドに基づいて、幅広い食のニーズに応えようとしていると言います。

「私たちは、ヒンドゥー教徒、ムスリム、ユダヤ教徒の方々の食事制限に加え、環境意識のある方、アレルギーをお持ちの方、宗教的・倫理的理由で肉や魚を控える方々の食習慣にも対応できるよう努力しています。また、車椅子を利用されるお客様が雨に濡れることなく建物に入れるようにするなど、アクセシビリティへの配慮も重要だと考えています」。

これらのおもてなしができるのは、多様な国の人々が訪れ、さまざまな嗜好が混在して、インフラ整備につながっている東京ならではです。お客様の要望があるからこそ、料理人もそれに応える。良い循環の中で東京の多様性が広がり、独自のおもてなしにはさらに磨きがかかります。

彩り豊かな季節の野菜が盛り合わせられた八寸。

精進料理を形作る、五味・五色・五法と三つの心

東京が大切にする多様性とおもてなしの精神は、1300年以上の歴史を持つ日本の精進料理の概念と深く結びついています。仏教の教えに根ざした精進料理は、食材の本来の魅力を引き出すために技法を研ぎ澄ませてきました。精進料理の世界に長く身を置く野村シェフには、「精進料理とは何か」についての質問がよく寄せられると言います。

「精進料理は、単なる野菜中心の料理ではなく、仏教の教えに基づいたものです。五味・五色・五法を調和させ、三つの心をもって食材の持ち味を最大限に生かす、調理法と言えます」。

五味とは、甘味・辛味・酸味・塩味・苦味のこと。五色(赤・黄・青・白・黒)は視覚的なバランスを表し、日本料理の美学において欠かせない要素です。五法は、生、煮る、蒸す、焼く、揚げるといった技法のことで、それぞれが食材の個性を引き出します。

また「大心(だいしん/偏りなく広い心)」「喜心(きしん/縁を喜ぶ心)」「老心(ろうしん/相手を思いやる慈しみの心)」の三つの“心”は、精進料理の精神的基盤です。

野村シェフはそれぞれ次のように説明します。

“大心”は、固定観念や偏見を手放した、大きく広い心です。仏教の教えは、人生の道しるべとなるためのもので、肉や魚、酒を断つといった特定の戒律を厳格に守れる人だけのものではありません。「例えば、盗まなければ食べられない・生きられない子どもたちにも、仏教の教えによって幸福になる機会は与えられるべきです。ですから、肉や魚を食べるから、不道徳だからといって、その人を仏教から排除しないことが、大きく広い心を持つということなのです」。

柔軟さと寛容な心遣いは、野村シェフの料理にも見られるもの。日本人にはあまり馴染みのないアーティチョークやエディブルフラワーなどの食材を取り入れ、精進料理を色鮮やかにおいしく仕上げています。

“喜心”は、前向きな心を表します。「野菜だけで料理を作るときも、『難しい』『面倒だ』と捉えるのではなく、前向きに取り組みます。例えばマロングラッセを作るのに3日かかったとしても、『3日かければ、とろけるようなおいしさになる!』とポジティブに考えます」。

この精神は、醍醐の看板料理である胡麻豆腐の仕込みにも表れています。胡麻豆腐を作るのは本当に大変、と認めたうえで、野村シェフは言葉を続けます。「真夏の暑い盛りであってもガス台の前に立って、とろみがつくまで長時間かき混ぜ続けなければなりません。でも、『この胡麻豆腐、本当においしいよね』と、誰かが笑顔で言ってくれる光景を思い浮かべると、修行のようなこの作業も楽に感じられます」。

“老心”は、思いやりをもって相手を気遣う心を表します。「例えば、外国の方は納豆に不慣れかもと考えて、より食べやすくクリスピーな食感の料理をおすすめしたり、舌の手術をしたばかりの方には、熱い料理を避けたりといった配慮をします」。

醍醐の揚げ胡麻豆腐。

人々を魅了する精進料理の「哲学」

もともと飲食業に興味のあった野村シェフは、バーテンダーとしてキャリアをスタートさせ、ソムリエやフランス料理を経験した後、家業を継承。精進料理の心を体現しながら、伝統と革新を融合させ進化を続けています。国内外に多くのファンを持つその料理は、おいしさだけでなく、食を通じた体験を求める人々を惹きつけて止みません。野村シェフは、精進料理に人々が魅了される理由について思いをめぐらせます。

「食を追求する過程にはいくつかのフェーズがあり、まず最初は誰もが“おいしさ”を求めます。次に、多くの人が“健康”を求め、最後には“心地良さ”といった精神的な充実にたどり着きます。そして、これらの段階を超えた先にあるのが“哲学”です。この段階に達したお客様は、『この料理を作るにあたっての哲学は?』、『三つ星を獲得したあとの目標は?』といった問いを投げかけるようになります。精進料理は、自分の知る限り1300年前から野菜だけでコース料理を作っている唯一の料理であり、その長い歴史には独自の価値観が反映されています。当店にいらっしゃるお客様には、この精進料理が持つ、食を追求する姿勢が深く心に響くのです」。

四季折々の美しさを堪能できる庭園。

野菜が当たり前に選択肢として挙げられる世界に、今できる取り組み

野村シェフの将来の目標は、肉や魚と同様に、野菜が当たり前に選択肢として挙げられる世界をつくることです。そのため、料理人のかたわらヴィーガンドーナツやサウナ併設のヴィーガンレストランを監修するなど、楽しく色鮮やかで魅力的なスタイルで、野菜料理のイメージを変える取り組みを通じて、野菜の価値を高めたいと考えています。

また野村シェフは災害時や特別な食事制限を持つ方を想定し、ヴィーガン用のレトルトパウチカレーを開発しました。
「レトルトパウチカレーを作ろうと思ったきっかけは東日本大震災です。家を失い、家族と離ればなれになった人々にとって、食べることは数少ない楽しみだったはず。しかし、ヴィーガンや、アレルギーを持つ人は避難所で提供されるカレーを食べられなかった。果物くらいしか代わりがないというのは、絶望的な状況です。そこで、自分のヴィーガン料理の調理経験を役立てようと考えました」。

このヴィーガンカレーには動物由来のエキスも小麦粉も使っておらず、アレルギーを持つ方や病院の入院患者も安心して食べられます。もともと特定の目的で開発されたメニューですが、現在ではファーストクラスの機内食や、ホテルの深夜のルームサービス用としても提供されています。植物由来の食材のみで作られているため、海外への輸出もしやすく、ベジタリアンが多いインドなどからの旅行者がお土産として購入する等、展開が広がっています。

すべての料理は、新鮮な食材を最大限に生かすよう丁寧に調理されています。

パーソナライズされたおもてなしと“型破り”なサービスを

野村シェフは東京の食の未来を見据え、さらに卓越したサービスを実現するには、パーソナライズされたおもてなしが鍵になると強調します。野村シェフ自身もバーテンダー時代の経験などを通して、サービスにはこだわりがあります。そこで大切なのは、まずおもてなしの基礎を身につけた後に、それを超えて「いつ独自性を発揮するか」だと言います。

「基礎がしっかりしていない状態で自由に振る舞うのは、“型無し”のおもてなしです。しかし、基礎ができている人が自分らしさを表現すれば、それは“型破り”なものになります。これはサービスも同じ。まずは自分の基本を確立し、それを各場面に応じて丁寧に応用するのです」。

また野村シェフは、料理人にとっては、知識も欠かせない資質であると強調します。
「スマートフォンやインターネットで得られる情報と、実際の体験を通じて得られる知識はまったく異なります。接客の場ではお客様がどんな質問をするか予測できないため、学びや旅、好奇心を通じて幅広い経験と知識を積むことが大切。些細に思えることや個人的な興味であっても、こうして日々培われた知識が、ふとした瞬間に本当のおもてなしとなって投影されるものです」。

美しい日本庭園の景色が楽しめる個室。

流行と文化の狭間で、探究心を携えて先を見据える

世界中から食、人、情報が集まる東京は、さまざまな分野が料理の世界にインスピレーションを与えています。この地では料理だけに集中することなく、幅広い好奇心を持たなければ、創作者として取り残されてしまうと野村シェフは感じています。

「例えば美術の世界では、デンマークのオラファー・エリアソンやアメリカのジェームズ・タレルが登場し、日本のアー
ト集団チームラボが注目されたかと思うと同時に、よりナチュラルなスタイルへの関心が高まっています。北欧の
美意識は世界的な主流になりつつありますが、次にどんな感性が現れるかは誰にもわかりません。音楽シーンも
次々に移り変わっており、常にアンテナを張ることが重要です」。

野村シェフは、流行と文化の境界線は、後に歴史が決めることだとも考えています。
「伝統を守ることは大切ですが、それだけに頼ると東京で生き残る力は限られます。流行を追うのではなく知識を広げ、常に一歩先を見据えることが大切だと思います」。

幅広い好奇心を持ちながら、一歩先を見据える。これは野村シェフ自身の考え方であると同時に、多様な国から食への好奇心豊かな人々が集まる東京で、腕をふるうシェフたちに共通する姿勢でもあるのです。

精進料理「醍醐」

野村 祐介

のむら ゆうすけ

4代目店主

1981年東京生まれ。大学卒業後、バーテンダー等を経て家業である精進料理 醍醐の四代目に就任。世界中で培った文化への好奇心と料理への洞察力を生かし、現代的な精進料理のスタイルを確立。現在は東京観光大使として、東京の魅力を国内外に広く発信する役割も担っている。
住所
東京都港区愛宕2-3-1
https://www.atago-daigo.jp/

銀座や六本木から徒歩圏内ながら、自然に囲まれる醍醐。

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