東京で出逢う、新しいイタリア料理
東京は日本の中心であり、同時に世界へ日本の文化を発信する都市でもあります。伝統的なものから最先端のものまでが集まり、多様な価値観が交差することで、この街の食文化は国際的な観点からも他に類を見ない独自性を持っています。
今回紹介するのは東京の独自性が特に表れているイタリア料理。本場イタリアでは、州ごとに料理や料理店の特色が分かれているのに対し、東京には北のミラノ料理から南のシチリア料理まで、多彩なイタリア料理店が軒を連ねています。
東京・麻布十番に店を構えるイタリア料理店「ピアットスズキ」の鈴木シェフに、料理人としての歩みと東京の食文化の魅力について話を伺いました。
成功を目指すなら、東京しかなかった
鈴木シェフは、長年日本各地の食材とイタリア料理の技法を掛け合わせながら、東京だからこそ生まれる料理を発信し続けていますが、料理人を志したきっかけについて、意外なほど率直に振り返ります。「特別な理由があったわけではなく、やることが見つからない中で料理人の道を選んだのが始まりでした。水戸で生まれ育ち、調理師学校を経て飲食の世界へ。スーツを着て決まった時間に出勤するサラリーマンの生活は、自分には向いていないと感じていました」。」
彼にとって東京は、若い頃から憧れの街でした。料理人として成功するためには、この舞台に立つしかないと考え、地方で経験を積んだ後に上京を決意します。イタリア料理を選んだ背景には、80年代当時、まだイタリア料理が日本に浸透していなかった頃からメディアに登場し、後に師事する平田勝シェフへの憧れがありました。80年代当時、まだイタリア料理が日本に浸透していなかった頃からメディアに登場していた前衛的な姿は、強烈な印象として心に残っていたそうです。
東京を訪れる人に伝えたい、食の楽しみ方
鈴木シェフは、東京をメルカート(市場)のような街だと表現します。世界に類を見ない食文化の集合体であり、多様な料理が同時に高い水準で存在しているからです。
「驚くべきことに、東京ではイタリア中部に位置するトスカーナ、南部のシチリア、そして地中海に浮かぶ島サルデーニャといったイタリアの各地方を代表する料理の専門店がいくつもあります。東京という一つの都市に、これほど多様で数多くのレストランが集まっている例は、世界的にも稀ですね」と鈴木シェフは語ります。
国際的な美食ガイドが日本で初めて発刊された際、多くの星付きレストランが掲載されたことについても、「東京のレベルを考えたら、自然とそうなったんだと思う。」と受け止めています。
また、江戸時代に江戸っ子が日常的にさっと手繰って食べていたそばなど、「東京の生活に根ざした食文化も体験してほしい。」と話します。多様な食文化が集まり、混ざり合い、磨かれていく場所。そのダイナミズムこそが、鈴木シェフが考える東京の食の魅力です。
江戸の記憶と世界の感性が重なる、東京の一皿
仕入れの中心は豊洲市場に置き、日々の入荷状況を自分の目で確かめながら、東京近郊で育った新鮮な野菜や、江戸前ならではの魚介を積極的に取り入れています。旬や産地の個性を大切にし、素材そのものが持つ力を最大限に引き出すことを何より重視しています。
料理の軸となる主材料には、日本の風土や食文化に根ざした食材を選び、そこにイタリア産のオリーブオイルやハーブ、チーズといった食材や、低温でじっくりと焼き上げる技法などを組み合わせることで、味わいに奥行きと広がりを持たせています。単なる和と伊の融合ではなく、それぞれの良さを理解したうえで、どちらかが主張しすぎない絶妙なバランスを探ることが基本姿勢だそうです。
東京イタリアンという、新しい文化へ
自身の料理について、鈴木シェフは特定の枠に囚われないスタイルだとしながらも、イタリアで学んできた基礎は決して崩せないものだと考えているそうです。
その上で今後「東京イタリアン」と呼べる新たなカテゴリーが確立されていくと語ります。「単にイタリアの郷土料理を再現するのではなく、東京ならではの感性と環境から生まれるイタリア料理が育っていくと感じています」。」
江戸前穴子は、地元で水揚げされたものを使用しています。
象徴的な食材の一つが鰹です。江戸っ子にとって鰹は特別な存在であり、豊洲市場には季節ごとに初鰹と戻り鰹が並びます。醤油、オリーブオイル、レモンで漬けにし、江戸前寿司の技法を取り入れることで、味に厚みを持たせながらイタリアの香りを引き立てています。
鰹のタタキをイタリア料理にアレンジした一皿。
冷製パスタのカッペリーニは、日本で親しまれてきた冷たい麺文化とも親和性の高い一皿です。豊洲の甘エビとトマトを使い、素材の持ち味を生かしたナチュラルな味わいに仕上げ、キャビアと黄金で華やかさを添えています。黄金は、かつてのミラノにおける富の象徴を意識したものであり、それを東京という都市のイメージに重ねているそうです。
冷製パスタのカッペリーニに金箔を添えて。
特別なことではなく、当たり前としてのサステナビリティ
サステナビリティやフードロスへの取り組みについても、鈴木シェフにとっては特別なものではありません。料理人として当然の姿勢であり、世界に入った頃から「もったいない」という感覚を徹底的に教えられてきました。
食材は最初から最後まで使い切るのが当たり前で、捨てる場所はないという意識が身体に染みついています。近年では、発泡スチロールの削減などにも業者と協力しながら取り組み、無理なく続けられる形で改善を重ねています。
日本文化が育てた、自然体で心地よい時間
日本のレストランのサービスについて「特別なことをしているわけではなく、日常の中で当たり前に行われていることの質が高い」と鈴木シェフは話します。以前は、お客様に「すいません」と言わせてしまう場面があると上長から注意されることもあり、声をかけられる前に動くことが当然とされてきたそうです。
現在は、時代に合わせた考え方も必要だと感じている一方で、日本ならではのサービス意識の高さは大切にされているとのこと。海外での経験を通じて、日本では無料で提供される水や清潔で使いやすい設備が、決して当たり前ではないことを改めて実感したとも語っています。
こうした思いから、彼の店では過度なサービスは行わず、料理そのもので勝負することを大切にしています。ホテルマンの学校で教えているようなサービスをそのまま持ち込まず、店の規模やスタイルに合った形を選び、サービス料も設けていません。料理に向き合いながら、自然体で心地よい時間を届けたいと考えているそうです。
和の精神を宿す、未来志向のイタリアン
鈴木シェフは和食がユネスコ無形文化遺産として登録されたように、イタリア料理も日本の食文化の一つとして認められる存在にしたいと考え、日本の食材をどれだけ使い、どのように表現するかを重視しています。次の世代に向けて、これまで積み重ねてきたものを時代に合った形で残していくこと。それが料理人としての使命だと彼は考えています。
鈴木シェフは東京観光大使として、東京の多彩な食文化を外国人旅行者に紹介しています。
東京でしか味わえない、未来の東京料理
いま世界では料理ジャンルの境界が曖昧になり、技術と文化の交わりによって、その流れは加速しています。その中で、東京の食も「東京スタイル」とも言える新たな時代へ歩み始めています。
鈴木シェフも、東京が独自の料理ジャンルを生み出す転換点にあると感じていて、他ジャンルとの一流シェフと協働したり、フカヒレをパスタに使うなど、自由な発想で挑戦を続けています。
「イタリア料理」や「フランス料理」という枠を超えた、「東京イタリアン」のような東京でしか味わえない料理が生まれ、新たな「東京料理」が世界に発信される日もそう遠くはないかもしれません。
ピアットスズキ
鈴木 弥平
すずき やへい
1967年茨城県生まれ。16歳で料理の道へ。イタリア料理店で修行後、1992年渡伊。帰国後「ヴィーノヒラタ」シェフを経て、2002年に「ピアット スズキ」を開業。現在は東京観光大使として、東京の魅力を国内外に広く発信する役割も担っている。
住所
東京都港区麻布十番1丁目7−7 はせべやビル 4F
https://piattosuzuki.square.site
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