菜道 ヴィーガン料理が東京で和食と交わる「道」

2025年12月23日

日本には、「精進料理」に代表される仏教由来の菜食文化が鎌倉時代に伝わりました。禅僧である道元が伝えた僧院での食事作法や菜食の習慣が、日本の精進料理の原型になったと言われており、今日では欠かせない和食の要素のひとつとなっています。

精進料理の特徴は、動物由来の食材や辛味・香りの強い野菜類の使用を避け、食材を無駄なく使い、調和のとれた味と見た目の美しさを重視すること。西洋の菜食主義であるベジタリアンやヴィーガンにも通じる考え方で、日本では江戸時代から庶民の食生活に取り入れられ、食材や調理法は広く和食の中で親しまれています。

そもそも日本人は、工業製品や建築、ファッションや音楽など、さまざまな分野において外国の文化や要素を自分たちのスタイルに合わせて取り入れることに長けており、料理の世界でもその力を発揮してきました。例えば海外発祥の料理について、本場の味を忠実に再現するだけでなく、日本の豊かな食材を取り入れることで独自の料理に昇華するなど、多彩な選択肢が広がっています。さらに、近年では、特別な食事制限にも柔軟に対応できる多様性に配慮したレストランが増えてきています。

今回ご紹介するシェフは、まさに多様性のパイオニアといえる人物です。

多様な食のニーズを知って

岡山県出身の楠本シェフは、1994年、名だたるレストランと料理人が腕を競い合う東京へやってきました。ホテルでフランス料理を学んだ後、会員制レストランをオープン。和食をベースにした多国籍料理の店でしたが、外国人居住者や大使館が多く集まる立地もあって、やがて請われればベジタリアンメニューはもちろん、ハラール対応も柔軟に行うようになりました。2019年に同店を閉店、現在はヴィーガンをコンセプトとした和食レストラン「菜道」のエグゼクティブ・シェフを務めています。長年培ったノウハウを活かし、宗教上の食事制限や食物アレルギーを持つゲストにも安心して食事を楽しんでいただける、本格的なヴィーガン料理を提供。以来、日々新たな挑戦を続けています。

東京は伝統と世界の料理が交わる街

楠本シェフは、東京はさまざまな食のジャンルが一堂に会する、上質なおもちゃ箱のような場所だと表現します。

東京観光大使も務める楠本シェフは、東京が他のどの都市とも異なる点に注目し、その理由を「江戸時代から独自の食文化を持つこと、世界中の料理を無数のスタイルやジャンルで楽しめる場であること」と語ります。

「江戸料理があり東京発祥のものも多いという伝統ある街。加えて日本各地の料理や多国籍料理が高いクオリティで食べられることも、東京の魅力です。フランスに行かずとも、僕が高いクオリティのフランス料理を修得できたのは、東京だったからだと思います」と、楠本シェフは続けます。「仕事で世界各国をめぐりましたが、これだけ食のジャンルが一堂に会する都市ってなかなかない。まるで上質なおもちゃ箱のようですよ」と笑って話してくれました。

和食にヴィーガンの発想を、ヴィーガンに和食の心を

「菜道」とは文字通り「野菜の道」です。「道」は、技術の習得だけでなく、心のあり方も含めて磨いていく生涯の学びの過程。まさに、菜道が菜食にこだわる精神そのものを表しています。

しいたけや根菜を煮込んだスープが香ばしく、深い味わいの、菜道自慢のヴィーガンラーメン。

「ヴィーガン和食」を提供する菜道ですが、それは日本人の和食の概念とは少し異なる料理と言えるでしょう。

「日本人にとっての和食のイメージと、外国人にとっての❝ Japanese food❞は必ずしも同じではないんです。外国人が和食、いわゆる日本食で真っ先に思い浮かべるのは、ラーメンやお好み焼き、たこ焼きといった料理なんですよ」と楠本シェフは指摘します。「そのギャップこそ、自分にとって最大の発見でした」。

先入観を払拭した楠本シェフはこれを逆手に取り、ヴィーガンの専門知識を活かして、訪日旅行者を意識した「フードダイバーシティな新解釈の和食」を創作。「食は常に進化している。私たちも一緒に進化しなければ」との思いで、お客様の声を丁寧に取り入れてきました。

その成果が、ここでしか食べられない多彩なメニューに表現されています。「うな重」「焼き鳥」「ラーメン」など、一見普通の日本食に見えるメニューを、野菜や豆、昔から日本になじみのある乾物野菜や発酵食品などを使い、独自のアレンジでヴィーガン料理として再現しています。

うな重を植物由来の食材で。スモーキーで柔らかなヴィーガンうなぎの蒲焼きをご飯にのせ、味噌汁と漬物を添えます。

炭火焼スタイルを模したヴィーガン焼鳥。

さらに、お客様の生の声を元に開発したのが、冬の定番「おでん」です。
「コンビニで見かけ、温かそうで食べたかった」「マンガで見てすごく興味を持ったが、魚介の出汁、卵、牛すじなどが入っていて食べられない」というお客様の声がきっかけでした。卵など動物性の食材をすべて野菜で再現するなど工夫を凝らし、今では海外からのお客様にも人気の料理となっています。

東京流「おもてなし」とサステナビリティ

野菜のみで作られる和食。その根底には意外にも、精進料理など、何世紀にもわたる伝統に根ざした日本ならではの食文化が息づいています。

江戸時代からある奥多摩のわさびに始まり、1980年代頃日本に導入された東京産のエディブルフラワーまで、東京には多彩な地元産の野菜があります。

日本全国から旬の食材が集まる一方で、四季がある日本では、寒い時期でも長期にわたっていつでも使えるように、乾物や発酵の知恵も根付いています。

大根やしいたけなどを乾物にすると、長期保存が可能になることに加え、栄養価が高まり、旨みも凝縮されて味わいが増します。さらに地元のスーパーで手軽に入手できるという利点も。生野菜と、水で戻した乾物とでは食感も異なり、異なる食材として楽しむことができます。

「干ししいたけや大根、筍などの乾物は旨みの宝庫。ロサンゼルスのイベントで大好評だったラーメンのスープも、これらから作ったんです」と、楠本シェフは回想します。「干ししいたけはあまり喜ばれないのではと、当初は半信半疑だったんです」と続けます。「でもラーメンを食べた人から『このなんとも言えないきのこのような歯ごたえは何?』と聞かれたので、干ししいたけを使って作ったと説明すると『日本の知恵や工夫が詰まっている』『すごくサステナブルだね』といった評価をいただきました。僕たち日本人にとっては当たり前と思っているようなことが、実は海外では特別だったりするんですよね。食材の合わせ方、提供の仕方で受け手の印象って変わるんです」と、日本の食の可能性を語ります。

例えば、大豆は今や代替ミートとして人気がありますが、日本においては、加工しやすさで注目を浴び、重要なたんぱく源とされるようになったのは、江戸時代でした。大豆と発酵技術を融合させたことで、納豆のほか、醤油、味噌、麹といった調味料も誕生。こうした発想力は、日本人が持つ「異なるものを新しい形に昇華する」特性そのものだと楠本シェフは言います。さらに、サステナビリティやSDGsといった言葉がない江戸時代に、倹約や再利用は当たり前の暮らしの知恵だったとも指摘。「大豆たんぱくで肉を再現するのも、江戸の知恵を現代にアップデートしているだけなんです」と語ります。楠本シェフは植物由来のものを使用して旨味だしなどの調味料を開発をしています。

菜道では調味料に至るまで植物性にこだわっています

東京の食文化の未来へ

「東京は多様性に富んでいるから、どんな挑戦もできる。それらを通して、東京ならではのおもてなしも表現できるのです」と、楠本シェフは言います。

これまで東京は、制限食などの多様性に配慮した食事提供という面では弱かった、と振り返り、さらに今はその状況が変わりつつあると続けます。「アレルギーや宗教上の理由など、さまざまな食の制限があっても、それに対応できる土台は整ってきていると感じます。あとは提供する側のそれぞれの工夫次第。さらに選択肢が増え、食の制限を持つ方も含めて皆が今以上に食事を楽しめるようになれば、東京はどんどん魅力的な食の都になっていくと思います」と、東京の食文化の未来に目を細めます。

加えて楠本シェフは、一般的に日本で提供されているものの中に、食の制限がある人にも食べられるものが多いと考え、その発信の必要性も感じています。
「例えば、居酒屋のようなカジュアルな飲食店には自分に食べられるものがないと、食に制限のある旅行客は思い込んだりするかもしれませんが、実は枝豆や冷奴など、日本でよく見かける料理の多くは、そんな方も楽しめる料理なんですよ」と話します。
「東京には、シンプルでおいしい料理が本当にたくさんあるんです」と、楠本シェフの言葉に力がこもります。

楠本シェフのこのような努力の甲斐あって、菜道は2020年、世界最大級の菜食専門ポータルサイト「HappyCow」で、世界一のヴィーガンレストランに選出。伝統的な和食を完全ヴィーガンで楽しみたい国内外の旅行者にとって、東京で必ず訪れるべき一軒となりました。

今後は菜道を率いることに加え、料理学校でのワークショップや次世代の料理人の育成・指導を通じて、東京の魅力的な食文化の創造を支援していきたいと語る楠本シェフ。「自分の使命は、東京を食の面でもっと素晴らしい都市にする、その底上げを行っていくこと。そういった活動に今、最もやりがいを感じているんです」。
旅行者にとって「菜道」は、まさに東京の精神そのものを表していると感じるでしょう。江戸時代から続く伝統を大切にしながら、東京の食は、世界と食卓を共有し、常に進化し続けているのです。

菜道

楠本 勝三

くすもと かつみ

エグゼクティブ・シェフ

1975年岡山県生まれ。フランス料理と日本料理で修業後2018年ヴィーガンレストラン・菜道をオープン。2019年、世界最大級のヴィーガン・ベジタリアン向けレストラン情報サイトで1位獲得。現在は東京観光大使として、東京の魅力を国内外に広く発信する役割も担っている。
住所
東京都目黒区自由が丘2丁目15-10 A&Dハウス101
https://saido.tokyo/

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