カウンターで堪能する天ぷらの職人技

2025年12月20日

カウンター越しに見る職人の手さばき、油に食材が沈む音、黄金色に色づく衣。揚げたてを口に運んだ瞬間の食感。天ぷらは、職人の技を五感で楽しむ日本独自の食の芸術です。
この記事では、天ぷらの基礎知識と東京での進化、東京での体験方法を紹介します。屋台の軽食から高級料理へと変貌を遂げた歴史や、天ぷら職人たちが受け継ぐ技術、油のリサイクルや食材の活用といった未来志向の取り組みも進める、東京の食文化の奥深さをぜひ感じてください。

職人技と美食をカウンターで堪能する天ぷらの魅力

天ぷらを揚げる温度や時間は常に同じではなく、その日の気温や湿度、食材の大きさなどで職人が判断します。

天ぷらの魅力は、まさに「揚げたてを味わう」ことにあります。熱々を口に運ぶと、サクッと軽い衣、その中にあふれるジューシーな旨みが、絶妙なハーモニーを生み出します。この一瞬の味わいの背景には、卓越した職人技と、長年の経験に裏打ちされた勘があります。

天ぷらは単に「レシピ通りに作れば完成する」料理ではありません。季節、気温、湿度によって揚げ方を変える必要があり、職人は油の音に耳を澄ませ、最高の瞬間を見極めます。食材を油に入れた直後の細かい泡の音は、旨みが放たれている証拠。やがて泡が大きく粗くなれば、天ぷらが揚げ上がった合図です。
熟練の天ぷら職人は、これを「天ぷらと会話する」と表現し、天ぷら自体が食べ頃を知らせてくれると言います。このような技術を、職人は長年の研鑽を通して身に付けていくのです。

天ぷらはカウンター席で食べることも大きな魅力です。舞台となるカウンターで、職人は演者として振る舞います。下ごしらえから提供まで、調理のすべてがオープンにお客様の目の前で行われるこのスタイルは、日本ならではの食体験です。

海老の殻を剥くというシンプルな所作にも、美意識が宿っています。手練れの職人は、一つひとつの動作を機敏かつ的確に、そして慎重に行います。同時にお客様一人ひとりの食べるスピードを観察し、次の海老を揚げるタイミングも見計らっています。

カウンター越しに交わす会話もまた、この体験の醍醐味のひとつです。料理の説明、食材へのこだわり、おいしさを堪能するヒントなどを惜しみなく提供してくれます。カウンター席で食べる天ぷらは、まさに五感を刺激するライブパフォーマンスなのです。

新鮮な魚介類の天ぷらこそが東京流

天ぷら界の大スター、海老の天ぷらは、多くのお店で扱われています。

天ぷらは16世紀にポルトガルから伝わった揚げ物を起源とし、西日本では主に野菜を揚げる料理として発展しました。しかし、東日本に伝わると、新たな形態を獲得、新鮮な魚介類を中心とした独自のスタイルへと変貌します。

日本橋、後に築地へと、古くから東京の沿岸部には大きな魚市場が点在し、東京湾で獲れた新鮮な魚介類が毎日水揚げされていました。天ぷら屋は、これらの市場の近くに店を構えていたため、その日の新鮮な魚介類を調理に使うことができました。こうした市場との密接な関係こそが、江戸の天ぷらが魚介類を中心に発展してきた理由です。

魚介類には独特の魚臭さがつきものでしたが、東京の天ぷら職人たちは、香り高いごま油を使うことを着想。その豊かな香りが魚介類の生臭さを消し、さらに旨みを引き立てることにも成功しました。
こうして、東京湾で獲れた魚介類をごま油で揚げたものが「江戸前天ぷら」と呼ばれるようになりました。これにより、天ぷらは単なる揚げ物という枠を超え、東京独自の料理文化へと昇華したのです。

揚げ場の横には、カニ、海老、イカ、ホタテなどの魚介類や、契約農家から仕入れた新鮮な野菜が並んでいます。

江戸前天ぷらを語る上で欠かせないのが、東京湾の魚介類です。芝浦で獲れた「芝海老」、白身魚の代表格である「キス」や「メゴチ」、そして「アナゴ」などが江戸前天ぷらを代表する食材です。江戸前天ぷら発祥の頃にあった魚市場は、現在では形を変え、日本最大の中央卸売市場・豊洲市場として、日本全国から厳選された食材が集まる場所となりました。これら最高級の食材と江戸の伝統技法の融合が、今日の東京の天ぷらを形づくっています。日本の食の中心地であり、美食の街である東京は、食材の多様性において世界有数のガストロノミー都市です。

江戸前天ぷらは、一般的に天つゆにつける食べ方が知られてきましたが、各店が工夫を凝らし、塩やレモンなど食材本来の風味を引き立てる調味料で提供されるのを目にするようになりました。

今では洗練されたイメージを持つ天ぷらですが、もともとは屋台で食べる庶民の軽食でした。「天ぷらを食べているようでは出世しない」と言われるほどカジュアルなファストフードだったのです。しかし、20世紀に入ると状況は一変。お客様が席に座り、職人が目の前で調理するカウンター式の天ぷら屋が流行し、芸術家や文化人たちが集まるサロンとしても発展しました。こうして、天ぷらは「屋台の軽食」から、「特別な日に楽しむ上質な料理」へと変化していったのです。

天一 銀座本店 大木氏に聞く、東京での天ぷらの楽しみ方

天一 銀座本店 大木店長。

天ぷらが屋台の軽食から上質な料理へと進化した象徴として、東京・銀座に1930年創業の「天一 銀座本店」があります。かつては東京の文化人のサロンとして栄え、戦後は海外の要人をもてなす店として発展しました。ごま油とコーン油を合わせた軽い食感の揚げ方を生み出したのもこの店です。

現在は、店長の大木謙二氏が天一 銀座本店の伝統を受け継いでいます。20年以上にわたり天ぷら職人として腕を振るう大木氏は、先代から引き継いだ技術と哲学を守りながら、日々カウンターに立っています。

カウンター席やテーブル席があります。

「カウンター席は天ぷら屋に行く醍醐味のひとつ。東京で天ぷらを味わうなら、カウンター席のある店がおすすめです。職人の所作を間近で見ることができ、揚げたて熱々のおいしさを堪能できます」と大木氏は言います。さらに、「カウンター越しに出来立ての料理をそのまま出すのは、日本以外ではほとんど例がないのではないでしょうか。『ここは舞台だから演者として振る舞いなさい』と、先代からよく言われました」と続けます。

日本らしい筆文字で書かれた御品書き、油に食材が沈む音、衣が黄金色に変わっていくさまなど、どれもがわくわくした気持ちを盛り上げてくれます。

食べ方や食べる順番について尋ねると、「特に決まりはないので好きなように楽しんでいただければ。ただ、おすすめの順番はあります」とのこと。「味の濃いものから食べ始めるとすぐ食べ切れなくなってしまうので、薄味のものから召し上がってください。まずは一番人気の海老からが良いでしょう」。

素材に合わせた食べ方も教えてくれました。「ホタテは、自然な甘みを引き立てるレモンと塩で。穴子はカレー塩で、濃厚ながらも誰もが食べやすい味になります。松茸は、塩を少しつけ、香りを引き立てるすだちを絞って食べるのが一番おいしいですね」。

揚げたてのホタテは、火が通り過ぎない絶妙の揚げ加減。野菜の天ぷらは季節によって内容が変わり、旬のものが提供されます。

天ぷらはまた、サステナブルな料理でもあります。このお店では「可食部は全てお客様に提供する」ことを信条としており、「魚の頭を落とす時、まっすぐ切ると頭に少しだけ身が残ってしまいます。なので斜めに包丁を入れることで、食べられる部分はすべてお客様にお出しするんです」と大木氏は言います。海老の脚は揚げ、頭の部分で出汁をとって味噌汁にするなど徹底しています。

さらに、使用済みの天ぷら油をSAF(持続可能な航空燃料)として再利用するリサイクル活動にも取り組んでいます。これは、江戸から東京に受け継がれてきた「もったいない」の精神を現代に継承する取り組みのひとつであり、東京という国際都市の食が、サステナブルな未来に向かっていることを示しています。天ぷらを食べ、その油で飛行機に乗って帰る――、それを可能にする取り組みこそ、未来志向の東京の姿と言えます。 

東京で天ぷらを食べる魅力について、大木氏は「海外でも天ぷらを楽しめるお店は増えていますが、東京で天ぷらを食べる最大の魅力は、揚げたてを熱々で味わえることです。お客様の目の前で揚げた天ぷらを、最高の状態で召し上がっていただく。これが本来の天ぷらの姿なんです。せっかく東京に来たなら、ぜひその魅力を味わってほしい」と語ります。

天ぷらはまさに、揚げたてをそのまま食べる文化。だからこそ大木氏は、テーブル席を予約したお客様でも、空席があればカウンター席にお誘いする、と言います。そうすると、「こっちのほうが熱々を食べられておいしいね」と言ってくださることも多いとか。

「天ぷらの魅力を楽しく伝え続けていけたらいい。そういう中で、本物の天ぷらの文化が100年先、200年先まで続けばいいと思っています」と大木氏。人の手による技術だからこそ、受け継がれるべき価値がそこにあります。

東京での「江戸前天ぷら」の体験はきっと、いつまでも心に刻まれる旅の思い出となるはずです。

天一 銀座本店

大木 謙二

おおき けんじ

店長

1930年創業の天一 銀座本店 店長。20年以上にわたり天ぷら職人として腕を振るい、先代から受け継いだ技術と哲学を守りながら、日々カウンターに立つ。
住所
東京都中央区銀座6-6-5 HULIC & New GINZA NAMIKI 6
https://tenichi.co.jp/

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