東京の喫茶店文化 タイムカプセルのような空間で味わうひととき
東京の街を歩いていると、年代物の家具やコーヒーカップが並ぶ喫茶店が目に留まるでしょう。
喫茶店は50年以上前から、働く人や学生の憩いの場であり、東京の食文化の多様性や知恵を育んだ場でした。この喫茶店が今、時代を超えて東京の食文化を体験できる観光スポットとして、旅行者から注目を集めています。
この喫茶店がいま、海外の旅行者から注目を集めています。タイムカプセルのような空間で、時代を超えた東京の食文化を体験できる観光スポットなのです。
ぜひ味わってほしいのは、一杯ずつ丁寧に淹れられるコーヒーや、こだわりの食事メニュー。そのどれもが東京で独自に進化してきた喫茶店文化を感じられるはずです。
喫茶店メニューの魅力とは
自家焙煎珈琲店の名店、カフェ・バッハのチーズケーキ。
喫茶店は、コーヒーを飲みながら読書や考え事をしたり、静かな空間を求める人々が集まったりする場所でした。1950年代の高度経済成長期を経て多様なニーズに応えながら、さまざまな進化を遂げてきました。
東京の喫茶店を訪れる前に、覚えておくとさらに楽しめる3種類の喫茶店をご紹介します。いずれも異なる魅力がありますので、事前に行きたい喫茶店のタイプを決めておくとよいでしょう。
純喫茶
アルコールを提供せず、純粋にコーヒーや軽食などを楽しむことを目的とした、最もスタンダードなタイプ。1960年代前後の雰囲気を残す店が多くあります。
ジャズ喫茶
店内にはジャズが流れ、コーヒーを飲みながら静かに音楽鑑賞ができます。近年、音楽好きの旅行者の中で人気が高まっています。
自家焙煎珈琲店
店内で丁寧に焙煎した豆で淹れたコーヒーを提供。豆の種類や焙煎度合いを選んで注文できる場合もあります。
喫茶店を訪れた人々が驚くのは、コーヒー以外のメニューの豊富さと、そのおいしさ。お客様の「もう少しお腹を満たしたい」というニーズに応えるため、徐々に軽食を提供する店が増えました。
喫茶写真家・文筆家の川口葉子氏は喫茶店の料理について、「西洋にルーツを持ち、各店が独自に改良したもの。狭い厨房でも、低コストかつ迅速に提供できるメニューとして生まれました」と説明します。
続いて、喫茶店でぜひ注文したい、代表的なメニューを紹介します。
コーヒー
喫茶店のコーヒーは店主のこだわりが詰まった特別な一杯です。多くの「喫茶店好き」がコクと苦みのあるコーヒーを好んだため、深煎りがスタンダードでおすすめ。現在は浅煎りのフルーティーなコーヒーを提供する店もあります。
ナポリタン
1950年代に日本で誕生した、ケチャップで味付けされたスパゲティ。食品ロスを減らしつつ素早く提供するために、事前に麺をゆでて冷凍しておくという工夫がなされ、もちもちとした独特の食感が生まれました。
トースト
カフェ・バッハのトーストは自家製パン。ふわっと焼かれた香ばしさがコーヒーとよく合います。
朝食メニューがある喫茶店では、トーストやゆで卵、サラダとコーヒーがセットで提供されます。中でもトーストは、パンの厚さ、焼き方、バターの塗り方などに店ごとのこだわりがあり、トーストを目当てに訪れるお客さんもいるほどです。
チーズケーキ、チョコレートケーキ
主役であるコーヒーの味を邪魔しないスイーツが好まれる自家焙煎珈琲店の定番メニュー。コーヒーとの相性を考えた、こだわりのケーキが提供されます。
これらのメニューが変わることなく、長く愛されている理由として、川口氏は味の安定感を挙げます。「どの店に入っても大きく味を外すことがないという安心感があり、昔ながらの温かい、懐かしい感覚を呼び起こしてくれます」。
また喫茶店には、ものを大切に、長く使い続ける文化もあります。「家具、照明、器、建物などを何十年もメンテナンスしながら使い続ける姿勢が根づいています。歴代のオーナーが大切に遺してきた空間を楽しむことも喫茶店の醍醐味のひとつ」と、川口氏は続けます。
東京で独自の進化を遂げた「エモい」喫茶店
喫茶店が特に東京で発展してきた背景について、「住居が狭く冷房もない家庭が多かった時代に、おいしいものを囲みながら談笑する憩いの場、地域のコミュニティとしても機能していました。いわば都市生活の必需品だったのです」と、川口氏は分析します。
現在では若い世代を中心に、感情を揺さぶられることを意味する「エモい」存在として人気を集める喫茶店。川口氏は「日本のタイムカプセルのような空間」と表現します。「さまざまな人が集まってできた都市のため、誰でも居心地良く寛げるようになっているので、一人で訪れる人も多い」。喫茶店には、旅行者にとっても訪れやすい環境が整っています。
カフェ・バッハ外観。
東京の喫茶店はまた、日本のコーヒー文化の発信地という側面も持っています。最高のコーヒーを作るために知識と技術を磨き、多様な味わいのコーヒーを提供する自家焙煎珈琲店というジャンルを確立しました。
カフェ・バッハの田口氏は、日本の自家焙煎の父として知られています。川口氏は「他店が焙煎と抽出のレシピを秘密にしていたなかで、田口氏はカウンターでドリップする様子を見せて、コーヒーが簡単に淹れられることを伝えていました。するとお客さんは豆を購入して、自宅でもカフェ・バッハのコーヒーを楽しむようになったのです」と評価。田口氏はコーヒーの焙煎を論理的に体系化した本も出版しています。
同じ豆でも焙煎度合いで味わいが変わります。浅煎りや深煎りなど、自分の好みを飲み比べするのも楽しみのひとつ。
東京の喫茶店は、街歩きをしながら楽しむ
カフェ・バッハの店内の様子。カウンターにはコーヒー豆が並び、店内はクラシカルな雰囲気。
東京の喫茶文化は、街ごとに異なる特色を持っています。以下のエリアは川口氏が紹介する、喫茶店文化を満喫できる代表的な場所です。
神保町
世界最大の古書店街として知られる街。喫茶店には、作家や出版関係者が多く集まり、文化と知性の交流する場としての役割を果たしました。
銀座
高級感と華やかさが特徴。白いテーブルクロスが敷かれた端正な内装のなかで、コーヒーや食事を優雅に楽しめます。
新宿
庶民がレコードやステレオを買えなかった時代に、新しい音楽に触れられる場として発展したジャズ喫茶の聖地。現在では、ジャズ喫茶巡りを目的に旅行者が訪れることもあります。
東京で喫茶店を楽しむコツとして、川口氏は街を歩くことを提案。「純喫茶は裏通りに隠れていることも多いため、路地歩きの楽しみも一緒に味わってください」。特に神保町などの古い街並みの残るエリアでは、往時の東京の雰囲気を感じることができます。
こだわりの空間で静寂のマジックを楽しみ、本を読んだり、ただ黙って座って過ごすひとときは実に新鮮で、「旅行者にとって喫茶店体験は、他愛ない時間を芸術に変えるほどの価値がある」と川口氏は言います。スマートフォンを置いて目の前の空間と向き合う時間は、まるで瞑想のような感覚を与えてくれることでしょう。
自家焙煎をする喫茶店では、焙煎風景を見られることも。
喫茶店を利用する際のマナーもアドバイスしてくれました。「一人ワンオーダーが常識。写真撮影に関しては、お店の公式SNSなどで事前にルールを確認したり、スタッフに声をかけて許可を取ったりしましょう」。
東京を訪れた際は、ぜひ喫茶店に立ち寄ってください。一杯のコーヒーと喫茶店ならではの食事を味わいながら、東京の歴史と文化に触れる時間は、旅の忘れられない思い出になるはずです。
喫茶写真家・文筆家
川口葉子 かわぐちようこ
東京カフェマニア主宰。雑誌や書籍、新聞で、カフェ特集やコーヒー特集の監修・執筆をする。
東京の喫茶店で、心落ち着くひととき
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