握り寿司発祥の地・東京で楽しむ、江戸前寿司の伝統と今

2025年12月18日

日本の食文化を代表する寿司は、訪日旅行者の多くが日本で食べたい料理として挙げるもののひとつです。さまざまなスタイルがありますが、多くの人がイメージするのは握り寿司でしょう。握り寿司の起源は、200年以上前の江戸で生まれた江戸前寿司にあります。江戸前寿司には、東京湾の豊富な魚を楽しむために発展した独自の技術があり、現在も進化し続けています。この記事では、現代にも受け継がれる江戸前寿司の歴史と伝統、寿司店での楽しみ方を紹介します。

「握り寿司の元祖」江戸前寿司

寿司を握る技術は、職人が長年の研鑽を重ねて磨き上げたもの。(青木氏)

寿司は今や、世界中で親しまれている料理のひとつです。最もよく知られる握り寿司のほか、巻き寿司や押し寿司、ちらし寿司など幅広い種類があり、現代ではカリフォルニアロールに代表されるように、海外発祥の新しいスタイルも誕生。さらに握り寿司だけにフォーカスしても、職人が目の前で握るお店から、家族で気軽に行ける回転寿司まで、楽しみ方は多種多様です。

そのなかで江戸前寿司は、握り寿司の起源として有名です。
生魚と酢飯の組み合わせを確立したのは、両国で寿司店を営んでいた華屋与兵衛だと言われています。忙しい江戸っ子たちのためのファストフードとして、刺身とシャリを合わせて出した握り寿司が人気を呼びました。
当初は江戸の寿司にも米酢が使われていたのですが、米酢より安価に作ることができ、旨みや甘みもたっぷり含まれた赤酢が用いられるようになると、おいしさと手軽さが広く知られるところとなり、人気を後押ししました。
このようにして江戸で確立した握り寿司が江戸前寿司と呼ばれ、現代にも受け継がれています。

江戸前寿司の特徴は「握り」だけでなく、そのネタの豊富さにもあります。東京湾は古くから豊かな漁場であり、幅広い種類の魚を寿司にして楽しんできました。さらに現在では豊洲市場に日本中から良質で新鮮な魚が集まり、東京の寿司店のネタの豊富さとおいしさを支えています。

また経験豊富な寿司職人の技術力も、江戸前寿司の特徴として挙げられます。特に江戸前寿司の職人は、握りだけでなく、煮る、締めるといった調理の技術も磨いてきました。このように、魚ごとに最もおいしい調理法を試行錯誤してきた歴史こそが江戸前寿司の魅力。とりわけ銀座には有名な寿司店が数多くあり、職人たちが日々その技を競い合っています。

江戸前寿司の伝統技法「漬け、締め、煮付け、茹で」

マグロの漬けは江戸前寿司を代表するネタのひとつ。

江戸前寿司の「江戸前」は、現在の東京湾を指します。豊富な漁場だった東京湾では、当時からたくさんの魚が食べられており、そこで獲った新鮮な魚を使用した握り寿司を江戸前寿司と呼ぶようになりました。

しかし冷蔵庫も高度な輸送設備もない江戸時代に、生魚の新鮮さをキープするのは困難で、日持ちさせるための工夫として、漬けや締め、煮付け、茹でなどの調理法が生まれました。

そのうちのひとつ、「漬け」とは、主にマグロなどの魚を短時間醤油ダレに漬け、旨みを引き出しつつ鮮度を保つ、江戸前寿司を代表する調理法です。 

また「締め」とは、主にコハダやサバなどの光り物を、塩と酢で軽く締めて旨みを引き出し、身を引き締める江戸前寿司の伝統技法。光り物は脂が多く、傷みやすい魚であるため、酢の殺菌作用を利用してきました。

コハダは塩と酢で「締め」ます。

このようにそれぞれの魚の個性を生かし、より安全に、おいしく食べられるようさまざまな調理法が発展してきました。現代では、冷蔵庫や輸送システムの発達により、生魚の鮮度保持は容易になりましたが、江戸前寿司の伝統的な調理技法は今なお健在です。保存性を高めるだけでなく、調理の工夫によって、飽きることなく寿司を楽しめるようにしているのです。

伝統を受け継ぎ次代のイノベーションを生む、江戸前寿司の魅力

銀座で江戸前寿司店を営む「銀座 鮨青木」の青木氏も、江戸前寿司の魅力は「魚の豊富さと職人の技術にある」と言います。

創業1972年。二代目の青木利勝氏は30年以上銀座で江戸前寿司を握っています。

銀座 鮨青木では、マグロの漬けや締めたコハダなど、大半のネタは、漬け、締め、煮付け、茹でといった職人の「仕事」をして提供しています。本来は生でも食べられる車エビも、茹でることで身が締まり、自然な甘みを引き立たせます。生で食べるよりも手を加えたほうがおいしいネタは、このように魚ごとに異なる仕事を施します。

左上から煮蛤、車エビ、穴子、コハダ、赤貝、スミイカ、関サバ、マグロの漬け。

青木氏は、「昔は漬けや煮付けがほとんど。最近になって岩塩やレモンも使うようになり、調理のバリエーションが増えている」と語ります。日々「食べ飽きない工夫」を追求しているのです。

時代によって味の好みも変化していきます。「どの時代においてもおいしいと感じてもらうためには、過去のやり方だけに固執してはいけないんです」と青木氏は続けます。伝統を守りつつも、その時代に求められるおいしさに合わせていくために、江戸前の寿司職人は試行錯誤を重ねています。

煮穴子や煮蛤、玉子焼きなど、生魚以外のネタも江戸前寿司の魅力です。

さらに青木氏は、生魚のネタにも隠し包丁を入れています。隠し包丁とは、火の通りや味の浸み込みをよくするため、食材に入れる小さな切れ込みのこと。生で出す赤貝や関サバにも隠し包丁をすることで、食べやすく見た目にも美しく仕上がります。このように、一貫一貫に職人の技術を感じられるのも、江戸前寿司の楽しみのひとつです。

コハダの表面に醤油を塗る美しい所作もカウンターで味わえます。(青木氏)

寿司を握るのみならず、食材を無駄なく使い切るのも寿司職人の腕の見せどころ。青木氏は魚のうろこや骨までどう料理できるかを考え、最後は出汁として利用します。魚のすべてを大切に使い切る姿勢は、江戸時代から受け継がれてきた「もったいない」の精神に通じます。

気候変動や市場の変化で、以前より入手しにくい魚もある、と青木氏は語ります。日々の仕入れを通して変化を感じている寿司職人だからこそ、海からの恵みに感謝し、余すことなく使い切ろうという思いがあるのです。

そして、こうした話をカウンター越しに寿司職人から聞くのも楽しいもの。職人が調理する過程を一つひとつ目の前で見て、会話も楽しめるカウンタースタイルの寿司店は、世界でも珍しいスタイルです。

青木氏は、エンターテインメントとしても寿司店を楽しんでほしいと言います。「目の前で魚を捌き、寿司を握るという一連の流れを見られるのは、寿司店ならではのエンターテインメント。それを職人と会話しながら楽しんでいただきたい。寿司店はひとつのショーですよね」。

季節によっても、店によっても寿司ネタは変わります。何度訪れてもカウンターでの「寿司ショー」に飽きることはないでしょう。

職人の技を間近で見ることができるカウンタースタイル。(銀座 鮨青木)

一方で、カウンタースタイルの寿司店では他のお客様との距離が近いため、香りへの配慮が必要です。香水や匂いの強いヘアケア製品、制汗剤などは周囲に迷惑がかかります。特に寿司など繊細な香りを大切にする和食では、香りが味を損ねると考えられています。お店の空気も料理の一部として楽しむのが、東京流の粋なふるまいです。

東京湾の豊かな漁場と江戸時代から続く職人の伝統によって育まれてきた江戸前寿司は、東京ならではの寿司の様式です。東京には数えきれないほどの寿司店があり、それぞれが独自のネタと調理法を誇ります。なかには、寿司の前に前菜として刺身を出すお店もあります。寿司のかたちにこだわるのではなく、その時期の魚の最もおいしい食べ方を、職人たちが日々進化させているのです。

豊かに進化してきた店ごとの技術や職人の想いを、カウンター越しに感じることで、より深く寿司の世界を理解できるはず。
握り寿司の誕生から約200年、江戸前寿司は今も革新を続けています。伝統と最先端の味わいを同時に楽しめる、江戸前寿司を東京で味わってみてはいかがでしょうか。

日本らしさを感じさせる銀座 鮨青木の入口。

銀座 鮨青木

青木 利勝

あおき としかつ

埼玉県生まれ。銀座 鮨青木二代目店主。日本体育大学を卒業後、1年間米国で遊学。帰国後、京橋の名店・与志乃で修業し、その後、名人と謳われた父・義(よし)氏のもと、寿司職人の腕を磨く。28歳のとき、先代が急逝。二代目主人として銀座 鮨青木を継ぎ、現在に至る。

住所
104-0061 東京都中央区銀座 6-7-7 第3岩月ビル4階
https://www.sushiaoki.jp/

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