東京の多摩・島しょ地域の豊かな恵み

2025年12月18日

東京といえば、高層ビル群や鮮やかなネオンサイン、伝統的なものと現代的なものが混在する都会的な景観をイメージする人は多いはず。しかし、東京は都心と郊外が電車で60分ほどで結ばれており、豊かな自然へアクセスしやすいのも特徴です。

東京23区の西側に位置する多摩地域は30市町村からなる郊外エリア。野山や川など自然が豊かなことから、都心部にはない日本らしい四季を感じることができます。

そんな多摩地域では、自然を活かした農産物や伝統的な食文化が受け継がれています。地域の環境と持続可能な食を守るため、生産者と協力し、地産地消に取り組む地元のシェフたち。都心部とは趣の異なる食の世界を体感できるでしょう。

食の宝庫「多摩」の多様な食材

多摩地域では、この土地ならではの農産物が育てられています。春はキャベツ、スナップエンドウ、ソラマメ、インゲン。夏はトマト、ジャガイモ、ナス、キュウリ、トウモロコシ、スイカ、ズッキーニ。秋から冬は白菜や大根などがあります。またのらぼう菜(アブラナ科のナバナの一種)や鑾野(すずの)大豆などの珍しい在来種や、わさびも伝統的な方法で栽培されています。

さらに多摩地域には清流に育まれた河川が多く、淡水魚の料理も親しまれてきました。特に天然の「江戸前アユ」は特産品として知られ、かつては将軍に献上されていたもの。その他、「東京和牛」「TOKYO X(トウキョウエックス)」「東京軍鶏(とうきょうしゃも)」などのブランド肉、平飼い烏骨鶏卵、山羊チーズ、日本酒、ワイン、クラフトビールなど、多摩地域ならではの食材が揃っています。

「おいしさと持続可能性を両立する」革新的な地産地消

大自然あふれる多摩地域では今、地産地消が進んでいます。地域独自の食文化と世界的な美食体験を両立し、都市部では体験しがたい「贅沢な時間の使い方」を可能にしているのです。

多摩地域の良質な食材に魅力を感じて料理人たちが各地から集まり、今ではさまざまなジャンルの飲食店があります。こだわりの農法で育てられた野菜や肉に加え、パンや豆腐、乳製品からブルワリーまで地域の食材を活用した専門店も多く、それらを使って一流の料理人が、フレンチや創作料理などの新しい味わいを日々生み出しています。

多摩地域で食のSDGsを体現するフランス料理店「L'Arbre」

そんな多摩地域の魅力を体験できる場所のひとつが、フランス料理店「L'Arbre」です。

都心から電車で約60分。洋と和の建築様式が融合した建物がレストランとして活用されています。1875年頃に建てられた東京都指定有形文化財。

L'Arbreでは、多摩地域の風土や文化とフランス料理を融合させ、東京産の食材をふんだんに用いた料理を提供。地域の文化を未来へつなぐべく、東京産食材の魅力を多くの人に届け、この地から新たな東京の魅力を発信することをめざしています。

オーナーの松尾直幹シェフは、帝国ホテル 東京のメインダイニング「レ・セゾン」にて副料理長を務め、国際料理コンクールでの受賞経験も持つ実力者。自身の出身地である多摩地域や東京の島しょ部の食文化を広めたいという思いから、2023年10月にL'Arbreをオープンしました。

豊かな自然が育む食材が世界のグルメを魅了

それでは、L'Arbreのランチコースから、多摩地域や島しょ部の魅力を伝える料理を紹介しましょう。

前菜は3種類のフィンガーフード。

右上は「島寿司」です。島寿司は、東京の島しょ部に伝わる郷土料理で、生魚を醤油ベースのタレに漬け込み、わさびの代わりに練りがらしや唐辛子を使ったもの。L'Arbreでは島唐辛子を使用し、チップス状の酢飯にタレで漬けた赤ハタをのせ、カクテルソースで仕上げています。

手前は黒イチジクの上に、有機豆腐とイエローワインのソース、TOKYO Xの自家製パンチェッタをのせた一品。 左上は、松尾シェフが育てた鑾野大豆を薪火で炙り、サワークリームをのせたタルトで、ワンプレートに多摩地域と島の恵みを凝縮しています。


2皿目は「養沢ヤギチーズ トマト」。ラタトゥイユに、あきる野市養沢地区で作られた山羊チーズのアイスクリームをのせ、セミドライ・燻製・フレッシュの3種の地元産トマトを合わせた一皿。小笠原の塩とレモンバジルで香りを加え、オリーブオイルで仕上げています。アイスクリームが溶け、トマトの酸味とコクが重なることで、味の変化を楽しめます。


続いては、八丈島産ムロアジのなめろうです。「なめろう」とは、漁師が獲りたての魚を船上で調理したのが発祥の料理。ムロアジの身を昆布〆にした後、稲藁で炙ります。 それを、ペルー料理のマリネ液を日本風にアレンジしたソースの上にのせ、トマトのコンソメゼリーをのせて、エゴマの実の塩漬けを散らしています。

多摩地域には調布飛行場があるため、航路が直結する、伊豆諸島北部で獲れた新鮮な魚介はわずか60分ほどで届きます。そのため、L'Arbreでは鮮度重視の料理の提供も可能に。島しょ部と本土を結ぶ迅速な物流の確立が、素材や料理の質の高さと食の持続性を支えています。


4皿目は「秋川鮎 一夜干し」です。近隣の秋川で獲れる天然の江戸前アユを自家製の鮎醤油とレモンリキュールでマリネし、一夜干しにしています。 レストランが所有する畑で採れたすだち、東京軍鶏のレバーパテを薄い生地で挟んだものに、地元産野菜のサラダを添えています。


次は、島しょ部のひとつである八丈島産のオナガダイを使った一皿。 皮をクリスピーに焼き、中はふっくらジューシーに仕上げています。東京江戸野菜の「寺島ナス」で作ったソースと、わらびと春菊のペーストを添えています。


肉料理は、地元産の「TOKYO X」のロースを薪火で焼いたものと、肩肉と新生姜をアミ脂で巻いたもの。らっきょうをチキンブイヨンで煮てなめらかにし、焼いた万願寺とうがらしを添え、山椒の実のソースで味を整えています。 これらの野菜はどれも松尾シェフが育てたものを使っています。


デザートのメイン食材は、多摩地域の農場から仕入れた「和栗」。クロモジとほうじ茶で渋皮煮にし、ラム酒香る栗のクリームでモンブランに仕立てています。歴史ある地元ブルワリーの黒ビールを使ったアイスクリームと、黒イチジクの赤ワインのコンポートを添えています。


最後はプチフール。東京産の牛乳のプリンは天然飼料で平飼いしている地元養鶏場の卵と小笠原産バニラビーンズを使用し、フィナンシェには東京狭山茶、スノーボールにもクロモジ、きな粉を使用するなど東京の食材にこだわっています。

松尾シェフの食材選びに対するこのこだわりは徹底しており、東京の多摩地域と島しょ部にフォーカス。コースは、これら地域の特徴や魅力を伝えるための構成になっています。

「多摩地域と島しょ部には、東京の中心地と全く異なる文化が存在することを周知していきたい」と松尾シェフは語ります。その一方で、地産地消やサステナビリティを意識しているわけではなく「身近で揃う良いものをおいしく提供すると、自然と地産地消になっている」のだと続けます。

メニュー構成においても、地域との連携を意識しています。料理とともに提供するパンやチーズ、ワインなども地元の店舗のもの。これには、来店者に地元の食の魅力に気づいてもらいたいという思いも込められています。


「食」を軸に地域の文化をつないでいくとともに、環境への負担を抑えた店づくりにも取り組む松尾シェフ。自ら畑を耕し、調理で出る生ゴミを堆肥として使用するなど、地域の人々に昔から伝わる伝統的な生活様式を実践しています。

L'Arbreのキッチンにはガスコンロの隣にかまどがあり、薪や稲藁、炭で加熱調理を行っています。薪も地域産を使用。これはL’Arbreのある地域が江戸時代に林業で栄えたという歴史への敬意でもあります。

古民家をゲストルームに仕上げた部屋。窓の外には緑が美しい中庭が広がります。

江戸時代から続く地域の伝統的な生活様式を、現代の感性で捉え直し「文化の持続性」として体現するL'Arbre。その思いは、店内のあちこちに感じられます。

装飾に軍道紙(多摩地域と縁の深い手漉き和紙。東京都無形文化財に指定)を使い、器は地元作家の作品を料理に合わせて選んでいます。ランプシェードは松尾シェフが「月」をイメージして作家に依頼したもの。実はこの建物のオーナーがうさぎ好きで、店内にはうさぎのモチーフが12匹隠されているそうです。また、スタッフのユニフォームには地元特産の「黒八丈」という絹染めの技術も活用されています。


店内では、多摩地域の特産品などをお土産として購入することもできます。

「東京のすばらしい自然が育んだ食材の良さを知ってもらうためにも、やはり実際に食べてもらいたい」と語る松尾シェフ。それは、東京の伝統野菜の種を未来へつなぎ、地産地消にもつながることと捉えています。

店名のL'Arbreはフランス語で「樹木」を意味する言葉。ここには、料理という「実」を通じて文化が広がり、生産者、地域の人々、お客様と豊かさを分かち合う存在になりたいという願いが込められています。松尾シェフは「当店が東京西部の自然や文化にアクセスするきっかけになれたら嬉しい」と話し、地域全体の発展を見据えて挑戦を続けます。

同じ東京でありながら、大都会「東京」のイメージとは正反対の、大自然広がる多摩地域。江戸時代から続く生活様式や伝統文化、そして東京産のおいしい食材に出会う新しい旅の選択肢として世界中から注目されています。

Restaurant L'Arbre

松尾 直幹

まつおなおき

オーナーシェフ

1982年東京生まれ。帝国ホテル 東京で21年勤務し「レ セゾン」では星獲得を支えたスーシェフ。2023年に「L’Arbre」を開業。農家との出会いを機に自らも耕作している。

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