下町の居酒屋で味わう、東京の地産地消

2026年10月29日

地上634メートルの高さを誇る東京スカイツリーに上ると、どこまでも続くビル群、その間を縫う高速道路や鉄道、公園の緑、さらに遠くに連なる山々までが一望できます。眼下に広がる景色を眺めていると、東京という街の広がりをあらためて実感します。ここは国内外から多くの観光客が訪れる、東京を代表する観光スポットの一つです。

日が暮れると、東京スカイツリーは日ごとに表情を変える光をまといます。そのすぐ足元には、細い路地や低層の住宅が残る昔ながらの東京の下町が広がっています。

近未来的なランドマークと、どこか懐かしい街並み。その対照的な風景の中にあるのが、東京の食材と郷土の味を楽しめる店「押上よしかつ(以下、よしかつ)」です。

押上よしかつの店舗外観

住宅街の中にひっそりと佇むよしかつののれんをくぐると、多くの人が思い描く東京とは少し違う、この街のもう一つの顔が浮かび上がってきます。

店主の佐藤勝彦さんが長年追求してきたのは、東京で作られたものを東京で味わう「地産地消」なのです。

日本酒、焼酎、ワイン……東京産でここまで揃う

気取らない居酒屋風の店内では、背の高いガラス張りの冷蔵庫が目に入ります。中には日本酒の瓶がずらりと並んでいます。

ラベルを見ると、「金婚(きんこん)」「蒼天(そうてん)」「高尾山(たかおさん)」「嘉泉(かせん)」「多満自慢(たまじまん)」……。いずれも東京都内の酒蔵が手がける日本酒です。中には300年以上にわたって酒造りを続けてきた蔵元もあります。

東京産の日本酒やビールなどが並ぶガラス張りの冷蔵庫

日本酒ほど長い歴史を持つわけではありませんが、東京ではワインや焼酎も造られています。

国税庁の2022年の調査によると、東京都内には、ブドウ畑を持たずに他地域からブドウを運び込んで醸造する都市型ワイナリーも含めて9軒のワイナリーがあります。さらに、醸造は山梨県で行われていますが、世田谷区で栽培・収穫したメルローを100%使った「世田谷メルロー」のような希少なワインもあります。よしかつのワインリストにも、その名を見つけることができます。

東京産の焼酎には、東京の中心部から南へ約360キロメートル離れた、太平洋に浮かぶ小さな火山島・青ヶ島で造られるものなどがあります。青ヶ島へは東京の中心部からの直行便はありませんが、この島も東京都なのです。

飲み物ではほかに、東京で造られたビール、ジン、ラムも揃います。こうしたよしかつの「東京産」へのこだわりは、料理になるとさらに際立ちます。

東京・府中の日本酒「國府鶴」と料理

魚も肉も野菜も、調味料まで東京産を探した

まずは魚です。例えば、この日の刺身盛り合わせに入っていた金目鯛は神津島産、真鯛は式根島産。どちらも東京都の島から届いた魚です。皮の赤い金目鯛は脂の甘みと濃厚な旨みが魅力で、皮が黒っぽい真鯛は、繊細な甘みとしっかりした歯ごたえを楽しめます。

東京の島から届いた魚の刺身盛り合わせ

肉も東京産です。「牛鍋」に使われているのは、東京都産の黒毛和牛「秋川牛」。きめ細やかで柔らかく、旨味があって味わい深い肉質と、脂の甘さが特徴です。味噌仕立ての、すき焼きに似た鍋として提供されます。

豚肉料理の肉豆腐に使うのは、東京都が開発したブランド豚「TOKYO X(トウキョウ・エックス)」です。しっとりとやわらかな肉質で、脂には上品な甘みと口どけのよさがあります。

味噌仕立ての牛鍋

料理に使う調味料や薬味も、東京産が集められています。

醤油、味噌、塩、酢、ウスターソース、わさび。そして、小麦粉までもが東京産です。佐藤さんは、東京産のソースに出会ったとき、甘みが少なく、スパイス感があり、旨味と色がしっかりしたその味に「これこそ東京の味だ」と直感したといいます。

卵や牛乳もそうですし、さらには豆腐を作る大豆まで。

「東京産の大豆を見つけたので、これで豆腐を作ってほしいと豆腐屋さんに頼んだのですが、頼んだ量が少なくて作ってもらえませんでした。それなら自分でやろうと、大豆から豆乳を搾って豆腐を作っています」

そう話す佐藤さんは、東京産の食材を探すことを長年続けてきました。

店主の佐藤勝彦さん

東京と聞いて、渋谷、原宿、銀座、浅草といった市街地だけを思い浮かべる人にとって、農業や漁業など、食を生み出す産業がこの巨大都市の中にあることは意外かもしれません。

まして、小麦や大豆は日本国内で消費される多くを輸入に頼っています。東京産の小麦や大豆まで存在すると聞けば、長く東京に暮らしている人でも驚く人は少なくないでしょう。

佐藤さんがここまで「東京産」にこだわる背景には、都市の中で農業を続けることへの強い思いがあります。

東京で実現したい「地産地消」

佐藤さんは東京都練馬区の生まれ。身近に畑のある環境で育ちました。

大学では畜産学を学び、卒業後は東京都内のスーパーマーケットに勤務します。その当時の店頭では、東京で農業が行われているにもかかわらず、東京産の野菜などはほとんど並んでいませんでした。

そのことに違和感を持った佐藤さんは、やがて飲食業へ転じます。自分の店を持つようになり、都市部にも確実に存在する農業を、料理を通じて伝えていくことを自身のライフワークと考えるようになりました。

そんな佐藤さんが、江戸東京野菜を本格的に料理へ取り入れるようになったきっかけが、「寺島ナス」との出合いでした。

江戸東京野菜の魅力を語りたい

江戸東京野菜とは、江戸時代から昭和中期までの東京の野菜文化を受け継ぐ、在来種などの伝統野菜です。葉の軸が白い「亀戸大根」、上部が薄緑色で下半分が白い「馬込半白キュウリ」など、現在では50品目を超える野菜が登録されています。

「寺島ナスは、現在一般に流通しているナスに比べると小さく、実が硬く締まっています。加熱すると柔らかくなりますが、皮が硬いという特徴もあります。その特徴をきちんと理解して調理しないと、おいしい料理にならないことに気づきました」

江戸東京野菜

それ以来、佐藤さんは江戸東京野菜について知識を深め、今では「江戸東京野菜の語り部」と呼ばれるようになりました。

店でも積極的に使っていますが、その仕入れは簡単ではありません。

「江戸東京野菜は、飲食や食品流通のプロが仕入れに集まる大きな卸売市場に行っても、なかなか買えません。私が足を運ぶのは、生産者さんが農作物を直接持ち込む直売所です」

都内に点在する直売所へ繰り返し通ううち、江戸東京野菜だけでなく、ショウガ、大豆、米など、生産量の少ない東京産の農作物にも出合うようになりました。

「大豆のように、データを検索しても出てこない『東京産』を、こうして見つけ出していったんです」

「東京ローカルフーズ」が引き寄せる海外からの客

東京産の食材やドリンクを揃えることを徹底しているよしかつでは、客の半分以上を外国人旅行客が占めることもあるそうです。

東京スカイツリーのすぐ近くという場所柄に加えて、佐藤さんは「東京ローカルフーズ」という店の特徴そのものが、旅行者を引きつけているのではないかと考えています。

卵焼きと小鉢

東京産の食材を使った料理

小鉢の盛り合わせ

ここでいう「東京ローカルフーズ」には、二つの意味があります。

一つは、牛鍋やもんじゃ焼きといった、東京で親しまれてきた料理を味わえること。もう一つは、これまで紹介してきたように、東京で育てられ、獲られ、造られた食材を使っていることです。

鉄板で焼くもんじゃ焼き

「最近は東京の島へ行ったことがある外国人のお客さんもいます。そこから届いた魚を地図で示しながら『東京アイランドフィッシュ』と説明すると、『ああ、あそこのね』と理解して喜んでもらえたりします」

店を訪れた旅行者が料理や食体験をSNSで発信し、それを見た別の旅行者がまた訪れる。そんなつながりも生まれているそうです。

東京産を選ぶ、その行動の意味は

東京には、世界中から人と物が集まります。ですが、その東京の中にも、野菜を育てる人がいて、魚を獲る人がいて、酒を造る人がいます。そして、佐藤さんのように、それを料理にして届ける人がいます。東京産の食材は、そうした人たちの手を経て、東京の食文化をかたちづくる要素の一つになっています。

「東京産」を選ぶことは、生産者や料理人を支え、東京の農業とそこから生まれる食文化を次の世代へ残していくことにもつながります。都市の中に農地を残すことは、食料自給率だけでなく、災害時の食料確保という防災面からも大切な意味を持っています。

よしかつのように東京産にこだわる飲食店や、都内の生産者が農産物を持ち込む直売所を訪ねてみることは、消費するだけではない東京のもう一つの姿を知る入口になるはずです。

東京で食べられる様々な料理や東京の食文化については、他にも本サイト内で紹介しているのでご覧ください。

押上よしかつ

佐藤 勝彦

さとう かつひこ

押上よしかつ 店主
東京都練馬区生まれ。大学で畜産学を学び、スーパーマーケット勤務を経て飲食業へ。1994年に墨田区でもんじゃ焼き店を開き、2001年に現在の押上へ移転。2009年ごろから江戸東京野菜を本格的に料理に取り入れ、「江戸東京野菜の語り部」として東京産食材の魅力を伝えている。
住所
東京都墨田区業平5-10-2

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