鉄道旅を彩る「駅弁文化」への入口は東京駅にある

2026年10月15日

東京駅は、日本の首都・東京と国内各地をつなぐ巨大なターミナル駅です。東海道・山陽新幹線をはじめ、東北・北海道、上越、北陸、山形、秋田の各新幹線が発着し、朝6時台の一番列車から多くの人を各地へ送り出す玄関口となっています。また、山手線や中央線、京葉線などの在来線、そして東京メトロ丸ノ内線も乗り入れており、JRのホームだけで14面28線。単一の駅としては国内最多で、地上と地下の通路が広い構内を結んでいます。

レンガ造りの駅舎でも知られる東京駅の改札内には、駅弁専門店の「駅弁屋 祭 グランスタ東京」(以下、「駅弁屋 祭」)があります。1階の中央通路に面した立地で、駅弁の品揃えがとりわけ豊富なこの店は、毎朝5時30分にオープンして一番列車に乗車予定の客たちを迎えています。

「駅弁屋 祭」では、約150種類もの駅弁を扱っています。開店時でも7割の駅弁が揃い、選ぶ楽しみを味わえます。首都圏の工場からトラックで早朝に届く駅弁もあれば、西日本などの遠方から宅配便で届く駅弁もあります。なかには新幹線の空きスペースを利用して運ばれてくる駅弁もあります。本来ならその土地まで行かなければ買えない駅弁が、ここでは隣同士に並んでいるわけです。全国へ向かう列車が集まる東京駅だからこそ成り立つ品揃えといえます。

弁当やおにぎりを求めるだけならコンビニエンスストアでも買えますが、それでもなぜ旅行客は「駅弁」に魅了されるのでしょうか。そこには単なるテイクアウトの食事という枠にはおさまりきらない、「駅弁文化」とも呼べるものがあるからなのです。

あえて中身を見せない、という文化

「駅弁屋 祭」ではカテゴリーごとに弁当が分けられて配置されており、よく選ばれているお弁当が集まるのは入口の中央あたりです。コンビニやデパ地下で売られている多くの弁当と比べて、決定的な違いがあるのにお気づきでしょうか。それは、紙で弁当が覆われており、お弁当の内容がまったく見えない包装になっている、という点です。

駅弁を選ぶときは大抵急いでいますから、コンビニの弁当のように中身が見えるほうが合理的です。それでもあえて紙でカバーしているのは、なぜでしょうか。「中身を想像してワクワクしながら蓋を開けるのも駅弁の楽しみの一つという文化があるからです」と話すのは、「駅弁屋 祭」を運営するJR東日本クロスステーション弁当事業部の鳥飼洋志さんです。とはいえ、さすがに中身が見えないと選びにくいという客のために、売り場では写真が添えられています。

駅弁の容器の上にかけられている紙は「掛紙(かけがみ)」と呼ばれます。掛紙にはメニューの紹介や、名所旧跡にまつわるイラストなどが刷られており、食べ終わったあとも記念として手元に残せる楽しみがあります。駅弁メーカーによっては、掛紙のデザインを定期的に変更しているところもあれば、何十年も現在のデザインを維持しているところもあります。掛紙は昔からコレクターの収集欲を刺激するものでもあったため、100年以上前のものが博物館などに残されています。

温める機能を備えた商品があるのも駅弁ならではです。1980年代後半に登場した蒸気で加熱する技術は、現在も全国の人気駅弁に受け継がれています。ひもを引くと容器の底に仕込まれた生石灰(酸化カルシウム)に水が注ぎ込まれ、化学反応で一気に発熱。その熱で生まれた水蒸気が、弁当をふっくらと温める仕組みです。なお、このタイプの駅弁は飛行機への持ち込みが禁止されているのでご注意ください。

各地の特産物、郷土料理… 東京駅で出会う日本の食文化

駅弁ならではの特徴としてもう一つ注目したいのは、メニューや器にこめられた日本各地の食文化です。現在、売り場に並ぶ駅弁の中にも、東京をはじめ、日本各地の特産物や郷土料理を表現したものは多くあります。

東京の郷土料理も、その並びの中にあります。例えば「深川めし」は、東京の郷土料理であるあさりの深川煮(あさりを甘い味噌やショウガと一緒にさっと煮込んだ料理)をごはんにたっぷりとのせたものです。掛紙には、「江戸時代、(中略)忙しい漁の合間に手早く食べることができるようにと『深川めし』は考案された」と、メニューのルーツについて書かれています。また、東京駅のレンガ造りの建物の写真が特徴の「東京弁当」は、浅草今半、魚久、新橋玉木屋、舟和といった、東京で古くから愛される老舗七店の味を詰め合わせたもの。東京ならではの味を、その歴史を感じながら堪能できます。

日本各地から東京駅へ集められる駅弁にも、その地方の「食文化の代表」という思いで作られているものが少なくありません。例えば、鳥取から届く「山陰鳥取かにめし」は、カニをかたどった赤い容器のかわいらしさも目を引く駅弁です。1910年創業のアベ鳥取堂が、鳥取に伝わる川ガニを使った郷土料理「ずがに飯」からヒントを得て開発しました。また、富山を代表する駅弁「ますのすし」(サクラマスで作る押しずし)のルーツは、江戸時代に富山藩士が藩主に献上した鮎のすしにあるともいわれ、1912年にはすでに駅弁としてのますのすしが販売されていたそうです。

このように、駅弁には100年以上の歴史を持つものがいくつもあるのです。

140年以上前に誕生した駅弁、変わったことと変わらないこと

では、日本の駅弁の始まりはいつだったのでしょうか。
1885年(明治18年)に宇都宮駅で販売された、おにぎりとたくあんを竹の皮に包んだものが最初という説をはじめとして、諸説あるようです。1889年には姫路駅で二段重ねの幕の内弁当が登場。このとき経木の折箱に前述の掛紙が使われたのが、駅弁の掛紙の始まりともいわれています。ちなみに東京駅が開業したのは1914年(大正3年)。駅弁が生まれてから30年近くあとのことで、東京駅はいわば後から駅弁文化に加わった駅でした。それが今では、各地の駅弁が集まる場所になっています。

駅弁文化を考える上で見逃せないのは、駅弁がどこで誰に対して売られてきたのかということです。駅弁誕生時から現在に至るまでに、実はかなり大きく変わっています。

駅弁が誕生した当初は、「駅のホームでの立ち売り」でした。弁当を入れた木箱や籠にひもをつけ、それを売り子が首にかけてさげ、「べんとー、べんとー」などと声を上げながらホームを歩きます。客は停車中の汽車の窓を開けて、窓枠越しにお金を売り子に渡して駅弁を受け取りました。立ち売りスタイルは1960年代くらいまでは続いていたようです。

1960年代以降、蒸気機関車から電車・ディーゼル車への置き換えが進み、列車の停車時間が短くなりました。また、空調を備えて窓の開かない特急列車も増え、窓越しに駅弁を買うことが難しくなっていきました。駅弁の売り方は、ホームや駅構内にある売店や、車内販売へと移っていきます。新幹線が始発駅を出てしばらくすると、「お弁当にお茶、サンドイッチにコーヒー、冷たいアイスクリームはいかがでしょうか」といった声とともに、ワゴンを押す販売員が車内を回る様子は、昭和後期から平成にかけての鉄道旅行を象徴する風景の一つでした。

そんな光景も2000年代に入ってから徐々に減り、2019年以降は車内で駅弁を買える機会がほとんどなくなりました。コンビニエンスストアや駅構内の売店で弁当や飲み物を買って持ち込む利用者が増えて、車内販売の売り上げが大きく減ったからです。

こうした変化に寂しさを感じる人もいるでしょうが、駅弁の人気が消えてなくなったわけではありません。「駅弁屋 祭」のように大型化した駅弁の専門店が登場し、たくさんの駅弁から選ぶ楽しみは、日本人だけでなく外国人旅行客の心もつかんでいます。また、駅改札内でいつでも色々な駅弁が買えるようになったことで、「一度に同じ弁当をいくつもまとめて買うビジネスマンの方など、旅行客以外の通勤客などが昼食用にと駅弁を買う姿も見かけます」と鳥飼さんは言います。

どんな駅弁がある?

常時150種類近くを扱っている「駅弁屋 祭」には、駅弁というジャンルの幅広さがそのまま並んでいます。ここではその一例を挙げてみましょう。鳥飼さんによると、2026年現在、よく選ばれているのは「牛肉どまん中」です。甘じょっぱい味付けの牛そぼろと牛肉煮をごはんの上にたっぷりとのせた牛丼風の駅弁の誕生は、1993年。山形県米沢駅の構内で1957年から弁当を販売してきた老舗駅弁業者・新杵屋(しんきねや)の三代目が、山形新幹線の開通を契機に開発しました。そのおいしさが新幹線を利用するビジネスパーソンの口コミなどで広がり、全国的に知られる駅弁です。

1964年に東海道新幹線の開業に合わせて登場した「チキン弁当」はロングセラー駅弁となっています。トマト風味のライス、スクランブルエッグ、鶏唐揚げ、サラダという組み合わせは、お子様ランチを思わせるような色使いとデザインのパッケージもあいまって、子どもから大人まで長く親しまれている駅弁だそうです。

ほかにも、入手が難しいことで駅弁ファンの間で知られている、福島県郡山市の「海苔のりべん」や、SNSがきっかけで広く知られるようになった新潟市の「えんがわ押し寿司」など、何度も買いに行きたくなるような魅力的な駅弁が紹介しきれないくらいあります。

駅弁の魅力は、日本文化に深い関心を持つ外国人旅行客にも伝わるようになり、2023年ごろから駅弁を買い求める外国人客が増えてきたそうです。彼らの利便性を高めるために、「駅弁屋 祭」では、売り場にアレルギー表示をピクトグラムで掲示しています。また、一部の弁当では掛紙に二次元コードをつけて、多言語表示した原材料表記のページに飛べるように対応していると鳥飼さんは言います。

今や英語辞書にも普通に載っている「Bento(弁当)」の中でも、その歴史や楽しまれ方という点で特筆すべき一つのジャンルが「Ekiben(駅弁)」です。新幹線や特急列車に持ち込んで本来の楽しみ方を体験するもよし、ホテルへ持ち帰って温かいお茶と一緒に楽しむもよし。そのための入り口が、東京駅構内というアクセスしやすい場所に、年中無休で朝5時半から夜10時まで開いています。東京への旅の途中で、ぜひ一度のぞいてみてください。

東京・新宿のオフィスで駅弁を手にする、JR東日本クロスステーション 弁当事業部のスタッフ。

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