東京での気持ちの良い旅行体験のために知っておきたい「ツーリストシップ」とは?
近年、訪日外国人観光客数は大幅に増加しました。数多くの観光スポットや飲食店が軒を連ねる東京は、なかでも人気の高い街です。世界中から訪れる、東京の持つ多彩な文化に魅了された旅行者は、飲食や買い物、宿泊などを通じて東京の経済を支えています。
東京の飲食店には、時間を大切にする文化や独自の作法があります。これらについて少し知っておくだけで、旅行者は旅の体験をより豊かにでき、飲食店の負担を減らすことができるはずです。
新しい世界や価値観、異なる文化を知ることも、旅行の目的の一つ。それを気持ちよく行うために提唱されているのが「ツーリストシップ」という考え方です。
「ツーリストシップ」とは、旅先に配慮し、地域に貢献しながら交流を楽しむ姿勢や行動を指す言葉で、一般社団法人ツーリストシップによって生み出されました。
「旅行客であるゲストと受け入れる側のホストの間で摩擦が起きないよう、お互いが思いやりをもって行動できるような世界をつくりたいと思い、2021年に私たちの法人の代表がツーリストシップの提唱を始めました。今では官公庁や自治体で掲示物やパンフレットに盛り込まれ、少しずつ言葉や概念が浸透しているように思います」と話すのは、同法人の事務局でツーリストシップを広める活動をしている春田菜々美さん。
ツーリストシップに基づく行動とはどんなものなのか、具体例を示しながら教えていただきました。
東京に流れる「時間」を理解する
レストランの多くは、予約数や見込み客数に応じて毎日食材を仕入れています。ですから、無断キャンセルは、たとえ商売繁盛の店であっても、仕入れや仕込みに大きな影響を及ぼします。また、代金が前払いでキャンセルが店の収益に響かない場合でも、「もったいない」精神が根強い日本では、原材料を無駄にしてしまうと料理人やスタッフに後悔の念が残ります。
また、時間厳守も東京をはじめとする日本では当たり前です。春田さんは「外国人観光客の時間感覚と日本の時間感覚には、ギャップがあります。『15分から30分くらい遅れても大丈夫』と考えるのが常識の文化もありますが、日本ではそれは普通ではありません」と話します。
一部の国や地域では、社交の場では多少遅れて到着することが礼儀と考えられる場合もあります。しかし、日本では時間厳守が重んじられます。「ビジネスミーティングにおける時間通り」とは、実際には5分ほど前を意味しますし、電車もほぼ常に定刻どおりに発車します。
その上でさらに気をつけたいのは、お店にたどり着くまでの時間です。スマートフォンや地図アプリのおかげで街から街への移動は簡単になりましたが、東京のレストランは静かな路地裏にひっそりと佇んでいて、見つけにくいこともあります。少し余裕を持ってスケジュールを組んでおくといいでしょう。
とはいえ、時には予期せぬことも起こります。予約に遅れそうだとわかったときや、人数が急に変わったときは、できるだけ早く店に知らせるようにしましょう。言葉の壁があって直接連絡するのが難しければ、ホテルのフロントやコンシェルジュに手助けを頼むのもよいでしょう。
東京の時間の流れで、もう一つ気をつけたいのがランチタイムです。会社員の昼休みと重なる正午から午後1時ごろは混み合いやすいので、その前後に少し時間をずらして訪れるのも、ツーリストシップの実践のひとつです。旅行者であれば、時間に追われる会社員よりもゆっくり食事を楽しみたいでしょうし、席が空くのを待つ時間も少なくて済みます。混んでいない時間に訪れれば、飲食店側は余裕をもってサービスを提供でき、お互いの交流も増えるかもしれません。
東京の飲食店の「暗黙の作法」を理解する
さらに心に留めておきたいのは、訪れた店の性質をよく観察し、理解することです。東京の個性的な飲食店には、慣れていない人にはわかりにくい独自の作法が存在していることがあります。これは少し観察すれば読み取れるものです。
たとえば、行列ができている人気のラーメン店などでは、次の客が座れるよう、食べ終えたらすぐに席を空けることが求められます。また、その他レストランや混雑した地域の店では、1時間半から2時間で席を空けるのが一般的です。もっとゆったりと時間をかけて食事を楽しむのが当たり前となっている方にとっては、とまどうこともあるでしょう。
注文にも独自の作法があります。各自が一人分以上を注文するのが基本です。たとえば3人でラーメン一杯だけを分け合う、といった行動は慎んでください。喫茶店でも、一人につき少なくとも一杯は飲み物を頼むのが習わしです。また、居酒屋では一人一品の「お通し」と呼ばれる小鉢が提供されることが多く、その分が自動的に加算されます。テーブルチャージのような意味合いでとらえるとよいでしょう。
東京の飲食店の多くには、常連客がいます。その立ち居振る舞いを観察していれば、その店の作法は自然と見えてきます。注文の仕方、荷物の置き方、席を立つタイミング——迷ったときは、周りの人がどうしているかを見てみるとよいでしょう。入店時に席を指定されなければ、どこに座ればよいかを尋ねてみるのも一つの方法です。笑顔と軽い会釈があれば、言葉が通じなくても十分に伝わることでしょう。
東京の店のコンパクトな「空間」を理解する
東京の店には限られた空間を工夫して活用している店が多くあり、それは東京の飲食店の魅力でもあります。テーブルに組み込まれたカトラリーの収納や、階段下に収まった小さな食品庫など、各店の巧みで実用的な収納の工夫を見つけるのは、東京観光の見どころの一つといえます。その上で、キャリーケースなどの大きな荷物を持ち込まないのも、マナーとして覚えておきたいものです。
こうした荷物の問題を解決してくれるのが「コインロッカー」です。街なかに広く備わっている一方で、意外と知られていないインフラでもあります。
東京の地下鉄をはじめとする鉄道の駅には、たいていコインロッカーがあります。サイズはさまざまで、安全で清潔、しかも多くはタッチパネルの絵入りガイドで、言葉がわからなくても使いやすいロッカーに荷物を預ければ、身軽に街を動き回ることができます。
もし近くに駅がない場合でも「コンビニエンスストアやさまざまな店舗で荷物を預かるサービスも増えてきました」と春田さん。スマホアプリを通じて街中の店舗での一時預かりを予約できるようなサービスを提供する民間企業もいくつかあると話します。
コンビニエンスストアやホテルのフロントでは、荷物の一時預かりだけでなく配送も受けつけています。大型のスーツケースを、次の目的地へ送ることができます。これらのサービスも東京の交通インフラ同様に非常に信頼性が高く、うまく利用すれば電車の移動も食事も、大きな荷物に煩わされることなく楽しめるでしょう。
自国の大使になったつもりで訪れよう
ツーリストシップに基づいて行動する上で忘れてはいけないのが、感謝の言葉を伝えること。日本語で伝えられるとさらに良いでしょう。「ありがとう」、「おいしいです」、「いただきます」、「ごちそうさまでした」といった、ほんの限られた日本語を覚えるだけで、気持ちが伝わります。
そしてチップの習慣がない日本では、ちょっとした贈り物で感謝を示すために「お土産」を用意しておくこともおすすめです。
春田さんは、自分たちがツーリストシップを啓蒙するためのイベントを開催した際に、スウェーデンからの旅行者が、お礼として全員にスウェーデンのキャンディを配ってくれたときのことを語ってくれました。
「とてもすてきな心づけの形だと思いました。日本にはチップの文化はありませんが、その方の母国のお土産をいただけたのは、心温まる体験でした」
他者への心配りが重んじられる東京という街の飲食の世界は、東京ならではの時間の流れや空間、独自の作法の上に成り立っており、訪れる人が戸惑ってしまうこともあります。けれど、観光客側に少しの心構えと準備、感謝の気持ちがあれば、お互い気持ちよく交流することができ、さらには自国の大使になったつもりで振る舞うことで、自分たちの文化の良い側面を見せるチャンスにも恵まれます。
日本の首都の暮らしに溶け込みながら、お互いが心地よい時間を過ごす——。少しのツーリストシップが、旅をより良いものに変えてくれるはずです。
春田 菜々美
はるた ななみ
一般社団法人ツーリストシップ 事務局
ツーリストシップグローバル株式会社 取締役/地域連携マネージャー
北海道生まれ。2020年に神奈川大学在学中からツーリストシップの活動に携わる。2024年より、一般社団法人ツーリストシップ初の社員として本格参入。主に関東に活動拠点を置き、自治体への渉外、浅草寺を始めとする当法人主催イベントを担当する傍ら、全国通訳案内士向けの講演や、大学での講義など登壇活動も精力的に行っている。
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