東京で磨かれた職人技、江戸前寿司の真髄
江戸前寿司は今から約200年以上前、かつての江戸、現在の東京で発展した食文化です。生魚を冷蔵・冷凍する設備のなかった江戸時代に、単に新鮮な魚を握るだけでなく、塩や酢、昆布で締める、醤油に漬ける、ねかせて熟成させる、といった魚の旨味を引き出しつつ、保存も兼ね備えた職人の“仕事”によって、創意工夫ある寿司が生まれました。
江戸前寿司の名店『日本橋蛎殻町 すぎた』がある日本橋は、江戸時代から商業・物流の中心地として栄えたところ。その昔、日本橋にあった魚市場の近辺には、今も海苔問屋や海鮮問屋、老舗寿司屋が立ち並び、歴史ある食文化を担う下町の雰囲気が色濃く残っています。「江戸前」とは、もともと江戸の前の海、現在の東京湾を指す言葉です。日本橋蛎殻町に店を構える「すぎた」の寿司の真髄もまた、そうした目の前の東京湾で獲れた新鮮な魚を使用した握りなど、緻密な江戸前仕事にあります。
杉田さんは、そうした江戸前の寿司に、江戸の人々が大切にしてきた“粋”の美学を重ねます。たとえば江戸時代の着物は一見、無地に思えても、近寄ってみると美しい小紋や模様があったり、裏地に綺麗な意匠が施してあったりします。派手さをひけらかすのではない奥床しさ。それが江戸前の“粋”ではないかと。
「江戸前の握りは、魚の上に何か派手なデコレーションをするようなことはしません。潔く、魚と酢飯だけ。それに醤油を塗るだけなんですが、見えないところに本当にいろんな仕事がしてあります。そこにこそ江戸の人たちが大事にしていた美学があるんじゃないかと思っています」と杉田さん。
丁寧な江戸前仕事で仕込んだ寿司種と、試行錯誤を繰り返してようやく完成させた得心の酢飯が調和して誕生する、極上の握りが目の前に置かれます。
“こはだ”に見る江戸前の仕事
その代表的なものが青魚の「こはだ」です。江戸前寿司に欠かせないこはだは、実はそのまま食べてもあまり美味しいとはいえない魚。鮮度変化も大きく、生食には到底向かないこはだに塩をして、臭みや水分を抜いて旨味を凝縮させ、さらに酢締めにしてねかせることで、深い余韻のある繊細な味わいが生まれます。
こうした江戸前仕事が凝縮したこはだは、「すぎた」のスタイルを象徴する別格ともいえる寿司種。店では決まって最初に、握りの一貫目として供されます。
「こはだは江戸前寿司の完成形、江戸前仕事の象徴です。ここに小魚をおろす、塩をする、ねかせるといった寿司屋の基本的な仕事が全部詰まっています。ほとんど寿司屋でしか扱わない小魚ですから、失われることがないように大切に守っていかなければならないと思っています。」
酢飯(シャリ)が寿司の味を決める
また、江戸前寿司に魅せられた杉田さんが、日々、真摯に取り組んでいるのが酢飯の仕込みです。米は新潟産コシヒカリを中心に、新米ではなく、半年から1年以上ねかせた古米や古古米を選びます。その理由は、古米は酢の入りがよく、ベタつかず、むちっとした輪郭の立つ食感を得やすいため。寿司の美味しさは、寿司種単体の旨味でなく、酢飯との一体感にほかなりません。
そうして選び抜いた米を研いで、低温で長時間浸水させ、羽釜で炊き、温度を見極めながら仕上げます。徹底した温度管理でデンプンの過剰溶解を避け、沸騰までの時間や沸騰後の火力の維持時間で、目指すごはんのかたさを制御。立ち上る湯気や香り、かすかな音の変化にも耳を澄まし、五感を研ぎ澄ませて羽釜の中の状態を推定し、微調整していくのです。
理想の酢飯は、粒の表面に張りがあって粘らず、かたすぎず、粒感が立つ酢飯。寿司種、酢飯、温度、握りのタイミングまでの一体感を重視する杉田さんにとって、酢飯は寿司の味を決める最も重要な要素です。
「お寿司を魚を美味しく食べるための料理と思っている方が多いですが、そうではありません。魚を美味しくするだけなら、日本料理でもフレンチでもイタリアンでもできること。ですから下ごしらえも魚を美味しくするためだけではなく、あくまで酢飯と一緒に食べるということが大前提。酢飯とどれだけ寄り添ってくれるかにポイントを置いた、寿司のための魚の下ごしらえなんです。」
杉田さん曰く、江戸前寿司とは「魚を単体で美味しくする料理」ではなく、「酢飯と一体になって、初めて完成する料理」。それゆえ江戸前寿司は、東京という地の利を生かした仕込みが主体であり、お客の目の前での“握り”は、提供するにあたって最終段階の見極めであり完成形なのだとか。
東京・豊洲市場という地の利
現在、「すぎた」の寿司を支えているのは、店からもほど近い豊洲市場です。豊洲市場は全国から集まる圧倒的な魚介の質と量、一流の目利きのプロがいる世界有数のマーケット。杉田さんは毎朝自ら豊洲に通い、日本橋に宿る食文化の厚みや思いを受け継ぎながら、渾身の一貫へと昇華させています。
「豊洲市場のすごいところは、全国から集まって来る圧倒的な数量の魚を、目利きの仲買さんたちがそれぞれのお店に合わせて選び抜いていること。さまざまな情報があふれている豊洲には、元気が詰まっています。東京で早朝一番元気なのは豊洲です。魚を仕入れることはもちろんですが、毎朝通う理由の一つは、そこでエネルギーをもらえるからです。全国の魚を扱う仲買さんは、私たちが知らないような魚を知っています。ですから、たとえば日本海側が時化で全然魚が獲れないというようなことがあっても、『太平洋側の全然違う種類の魚だけど、美味しいのがあるんだよ』と教えてくれる。驚くほど引き出しをたくさん持っているんです。」
生まれ変わっても寿司職人に
杉田さんが寿司の道に進むきっかけになったのは、中学生時代に観たテレビドラマだといいます。下町の寿司店の主人公のかっこよさに憧れ、以来、寿司職人を志して懸命に修業に励んできました。
「16歳から江戸前寿司一筋で来た自分は、どこを切っても寿司屋です。二度生まれ変わっても、三度生まれ変わっても寿司職人になろうと思っています。」と屈託なく笑う杉田さんが、常に心掛けているのが所作の美しさです。寿司屋は対面にお客様がいる、晒しの商売。どんなに隠そうと思っていても、素は見えてしまうもの。それ故、常に自分は“演者”であるという意識を持っていると話します。
店のカウンターは舞台であり、演者である職人の所作は美しくあるべき。これまで出会ってきた茶道の師や、市場の親方たちのいなせで堂々とした立ち振る舞いにも影響を受けたという、杉田さんの寿司を握る流麗な仕草は、まさに独壇場。「すぎた」の寿司が多くの人々に感動を与えるのは、こうした美しい所作とともに、寿司への深い想いに裏打ちされているからにほかなりません。
寿司は日本文化の入り口
もう一つ、店の大きな魅力は何といっても笑顔を絶やさない杉田さんの柔らかな人柄。初めてのお客でも緊張させない、そのホスピタリティにあります。初めて「すぎた」を訪れる海外のお客様に、どのように過ごしていただきたいかを伺いました。
「近年、日本を訪れる海外の方の90%近くが寿司屋に足を運ぶといわれています。お寿司は比較的分かりやすい食べ物。目の前で握ってくれるというのもとても分かりやすい。私は、お寿司は日本の食文化の入り口だと思っています。リラックスして自分の世界で楽しんでいただくのは、もちろん大事ですが、海外の方もお寿司を日本の食文化を楽しむ第一歩だと思って来店してくれたら、お互いにハッピーになる気がします。そして、せっかく対面のカウンター席に座ったのなら、たとえ言葉がわからなくても、料理を介したコミュニケーションで、江戸前寿司の世界を目一杯楽しんでほしいですね。」
東京で食べられる様々な料理や東京の食文化については、他にも本サイト内で紹介しているのでご覧ください。
日本橋蛎殻町 すぎた
杉田 孝明
すぎた たかあき
1973年千葉県生まれ。明治20年創業の老舗「日本橋蛎殻町 都寿司」にて12年間修業。2004年に独立し、「日本橋橘町 都寿司」を開業。2015年、日本橋蛎殻町に移転し、「日本橋蛎殻町 すぎた」を開店。江戸前寿司の伝統的な仕事を大切にしながら、寿司種と酢飯の一体感を追求し、江戸前寿司の魅力を伝えている。
住所
〒103-0014 東京都中央区日本橋蛎殻町1-33-6 ビューハイツ日本橋地下1階
江戸前寿司を支える伝統と職人技
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