神津島。豊かな海の幸を味わう

2026年4月 3日

東京都心にほど近い港から、高速ジェット船に乗り込み、東京湾を抜けて太平洋を南に進めば、2時間足らずで伊豆諸島に辿り着きます。手つかずの自然が残り、まるで時がゆっくりと流れているかのような穏やかな雰囲気に包まれた東京の島しょ地域には、国内外から多くの観光客が訪れます。

そんな島々のひとつ、東京都心からおよそ180kmの地点に位置し、「神々が集う島」とも称される伊豆諸島の神津島は、目の覚めるような絶景と、清らかな湧き水、そして、豊かな水産資源を活かしたおいしい魚料理など島独自の食材を活かした料理で人気の島です。この土地で長い時間をかけて熟成され、発展してきた神津島ならではの食文化をご紹介します。

神津島のキンメダイを味わい、奥深き東京の『食』を実感する

東京港の竹芝ふ頭から、南に120kmの距離ある大島から、約1,000㎞先の母島まで。伊豆諸島と小笠原諸島から成る東京の島しょ地域には、11の島々が連なります。この“東京の島々”は、およそ2000万年前の火山の噴火によって形成された、起伏に富んだ地形や複雑な海岸線が特徴です。暖流のおかげで年間を通して温暖な気候の中で農作物を育て、海の幸豊富な太平洋で漁をしながら、独特の食文化を育んできました。

火山灰を多く含んだ土壌でもすくすくと育ち、高い栄養価で知られる健康野菜の明日葉、スイーツやジュースの材料としても重宝されるパッションフルーツといった作物は、東京の島しょ地域を代表する名産品。そして、温かく栄養豊富な黒潮が流れる海で獲れた魚介は、島民の食卓を支える大切な水産資源であり、島を訪れる多くの観光客を魅了する食材としても好評を博しています。

そんな島々のひとつ、神津島は、「島キンメ」と呼ばれるおいしいキンメダイが数多く水揚げされる島として知られ、そのキンメダイをはじめ、クロムツ、アカイカなど多彩な魚介を使った魚料理が楽しめる島です。また、神津島では古くからカツオ漁も盛んで、今でも毎年8月には、漁の安全と豊漁を祈念して「かつお釣り」と呼ばれる神事が行われています。

そして、真水の地下水がふんだんに湧き出ることも特筆すべき点です。島の東側に位置する多幸湾周辺で湧く水は、東京の名湧水のひとつに認められています。島の財産とも言えるこの豊かな真水はミネラルが豊富で、農作物をおいしく育ててくれるだけでなく、食材を煮たり出汁をとったりすることにも使われ、島の日常的な食生活も支えてきました。

島内には神津島ならではの魅力を味わえる飲食店が多くあります。伝統的な「島料理」から、名産である農作物を使ったクラフトビールまで。東京の都心とはまた違った風景をバックに、穏やかに流れる時間を感じながら「食」を満喫できる土地でもあるのです。

神々が伊豆諸島の島々に水を配るための会議を開いたという神話から、神様が集まる島という意味で「神集島(かみあつめのしま・かみつしま)」と呼ばれたのが、神津島の名の由来と言われています。大自然に囲まれた静かな環境で味わう「食」は、格別なものです。

神津島の海の幸の味わい方は、時代を追うごとに進化する

神津島の海の玄関口、前浜港に着くとすぐに、この島がいかに海の幸の質と量に恵まれているのかを体感することができます。フェリーターミナルの隣にある「よっちゃーれセンター」は、1階が神津島周辺で獲れた魚介の加工品を販売する海産物販売センター、2階は魚料理を中心に提供する食堂になっています。神津島漁業協同組合が直接運営するだけあって、販売センターで売られている商品は実に多彩。キンメダイ、メダイ、ムロアジ、アカイカの干物や、塩辛などのほか、味付けされた魚介の総菜など。獲れたての魚介を施設内で加工しており、鮮度も抜群です。

食堂では、旬の魚を使った刺身定食など、“神津の味”を楽しめます。

2階で提供される定食は、キンメダイを丸ごと1匹使った煮魚定食や、いくつかの旬の魚を使った刺身定食、しょう油ダレに漬け込んだ刺身をたっぷりとご飯にのせた漬け丼定食といった、家庭料理風のメニューです。いずれの定食も、副菜や付け合わせに明日葉が使われているのが、島料理らしさを感じさせてくれます。スタッフに料理の特色を聞くと「料理は昔ながらの手法で、手間暇かけて作っています。やはり一番人気はキンメダイですね。一度召し上がっていただければ、神津の魚のおいしさ、伝統的な神津の家庭の味を知っていただけるかなと思っています」という答えが返ってきました。

もともとおいしい島の魚料理を、もっとおいしくするにはどうしたらいいのか。神津島には、そんな革新的な考えで魚に向き合う人たちもいます。2019年に静岡県から神津島に移住し、夫婦で「熟成魚工房」を営む玉木章生氏は、「津本式」と呼ばれる血抜き方法で鮮魚を締め、熟成させて販売しています。津本式とは、専用の刃物やノズルを使って魚の体に水を流し入れる血抜き方法で、通常の血抜きよりえぐみや臭みをしっかりと取り去ることができます。丁寧に血抜きをされ、数日間冷蔵された魚は、旨みが凝縮されて風味が豊かになります。玉木氏は津本式の血抜き法を取り入れることで、食材としての神津の魚のクオリティをさらに向上させようと試行錯誤を繰り返しています。

玉木氏は、「釣り好きが高じて移住を決めました」と笑います。

「神津島の周りには伊豆諸島でも有数の漁場があって、脂の乗ったおいしい魚が獲れます。その魚の高い品質を保ちつつ、さらにおいしく食べるために、自分のできることをやっていきたいと思っています」と、玉木氏は意欲を見せます。

神津島近海は潮の流れの境目に近く、海水の温度差が生まれることで、魚の餌となるプランクトンが発生しやすい環境にあります。また、周辺の海底の地形が複雑に入り組んでいることで魚が生息しやすいことも、神津島周辺の漁場に魚が集まり、大きく成長することを助けています。「このあたりで獲れる魚は身の付き具合がよいと言われていますね」という玉木氏の言葉には、説得力があります。

そんな玉木氏の工房で熟成され、旨みが凝縮された熟成魚は、そのまま販売されるだけでなく、隣接する飲食店「熟成魚寿司BAR」で提供されてもいます。定番のキンメダイはもちろん、神津島を代表する魚のひとつ、ハガツオや、高級魚のムツ、深海魚の一種ユメカサゴなど、多種多様な熟成魚をふんだんに用いた料理が売り物です。

「なかなかお目にかかれない珍しい魚や、あまり知られていない魚を出したりすることもあるので、お客様にはできるだけ細かく説明しながら召し上がっていただいています。神津島周辺の海の情報をお伝えすることもありますよ」(玉木氏)

「熟成魚寿司BAR」ランチメニューには、神津島の海の幸をふんだんに使ったあら汁も付きます。捨てられることの多い魚の頭や骨の部分を使って濃厚な旨みを煮出すあら汁からは、素材を余すことなく大切に使おうという精神が垣間見えます。

玉木氏は、時にタブレットを片手に魚の写真を見せ、解説を加えながら料理を提供します。神津島の魚の魅力を広め、伝統的な魚料理文化を進化させる玉木氏の試みは、これからも続いていくことでしょう。

“伝統”と“革新”が交差しながら、神津の味は伝承されていく

神津島の顔と言っても差し支えない存在のキンメダイは、島内の多くの飲食店、宿泊施設の食事などで提供されています。3代続く老舗旅館「中村屋」もそのひとつ。キンメダイ漁師を兄に持つ女将の中村良美さんは、「キンメダイを中心に、できるだけ地元産の食材を使ったお食事を提供するようにしています」と言います。皿からはみ出す大きさを誇る中村屋のキンメダイの煮つけは、肉厚で甘味があり、脂の乗った逸品。この煮つけのために中村屋にやって来る常連客もいるそうです。

神津島のキンメダイは網ではなく一本釣りで漁獲されるため、身が傷つきにくく、状態が良いまま水揚げされるそうです。その素材に過剰に手を加えることなく、ありのままの味わいを提供する。それが中村屋のメニューです。

歴史を感じさせる老舗宿の食堂では、新鮮なキンメダイを調理した伝統的な家庭料理が提供されています。

「特別なことをしようとは思っていないんです。マンネリ化しないように、料理にはところどころ、多少のアレンジは加えていますけれど、ただ、伝統的な神津の食事をお出ししたいという思いが強いですね」と言う中村氏。「神津島には今風のアクティビティのようなものはないかもしれませんが、温泉と、おいしい料理と、落ち着いた時間はあるかな。それを楽しんでいただければ満足です」と言います。

中村屋と同じく、長年神津島で歴史を刻んできた酒類卸売りの会社が生み出したのは、クラフトビール。島の象徴である良質な湧き水を使ったビールは、神津島の新名物になるべく、着々と認知度を上げています。

2017年にオープンしたブリューパブ「Hyuga brewery(ヒュウガ ブルワリー)」では、店内の醸造施設でクラフトビールを生産。そのまま店舗で提供しています。島の特産品である明日葉を使ったビール「アンジー」は、明日葉独特のほろ苦さを感じる一杯。期間限定ビールとして、フルーティーで甘味のあるパッションフルーツビールや、島レモンを活用した爽やかな酸味のあるビールも生み出しています。

店内に醸造施設を設けた“ブリューパブ”スタイル。オーナーの宮川氏は酒類卸会社の経営者でもあります。

ビールづくりを始めたきっかけについて、オーナーの宮川文子氏は「『伊豆諸島の名物』というと、代わり映えしないものが多いな、と思っていたんです。お酒で言うと、焼酎はよく聞きますけれど、クラフトビールはあまりなかったんです。クラフトビールブームが始まったころから、神津島でも作ったらいいのに、と思っていたこともあって、思い切って自分でやってみようと思いました」と、その経緯を振り返ります。「最初は、“ザ・名産品”とも言える明日葉を、『ちょっと使ってみますか』という軽い気持ちで使ってみたんですが、案外マッチしておいしくできたんです。これはうまくいくかもしれないと思い、そこからいろいろと考えて今に至ります」と、アンジーの誕生秘話も教えてくれました。

明日葉の風味が効いたビール「アンジー」、ビールのお供に最適な人気メニューの明日葉ビザ。

Hyuga breweryで神津島ならではの味わいを持つビールとともに味わえるのは、こちらも地元産の素材をたっぷりと使用したフード類。中でも、明日葉ピザはチーズと明日葉の相性が抜群。独特のほろ苦さと香ばしさがビールとよく合うと評判です。キンメの炊き込みご飯、地のりのパスタといった、海の幸を活かしたメニューは、「神津島の味」を体感するのに最適のひと皿になるでしょう。

クラフトビールという、ひと味違った形で島の名産を堪能するのは新鮮な体験になるはずです。老舗旅館のキンメダイの煮つけとは少々イメージが違いますが、少しずつ増えていく選択肢が、神津島の食文化を前進させる原動力になっているのかもしれません。

もちろん、長い伝統を持つ“島の酒”も健在です。島で作られる焼酎は根強い人気を誇り、神津島の蔵元・神津島酒造の本格焼酎は、Hyuga breweryでも味わうことができます。

神津島をはじめとする伊豆諸島では、ほとんどの島でオリジナリティのある焼酎が作られています。もともと、江戸時代に生産が始まったと言われる島の焼酎は、今や島しょ部全体の名物として、広く知られるようになりました。2024年には国が品質や産地を保証する地理的表示(GI)に指定され、一定の基準を満たした高品質な酒としての存在を確立。名実ともに、島しょ部を代表する“名産”となったということです。

島の食文化を支えるのは、さまざまな立場の島民の熱い思い

神津島の食文化を掘り下げるうえで、欠かせない存在があります。それが、神津島農業協同組合です。島で採れた農作物が集まってくる場所である神津島農協には、同時に、それを販売するマーケットのような役割も担っています。

当然のことですが、神津島では多彩な野菜や果物が作られています。ニンジンや大根といった一般的なものはもちろんのこと、伝統的に生産されている名産の明日葉や、渋みが少なくてまろやかな甘味が特長の島レモン、過去には主食としても食べられていた白い皮のサツマイモである「あめりか芋」等のイモ類から、パッションフルーツのような南国の果物まで。「そんなさまざま農作物を、農家や、そうでない人も、ここに持ち込んで販売しています」と、職員の笹本英博氏は、神津島の農協が持つ機能について語ってくれました。

農協を訪れる人々のアイデアや要望が、名産品の誕生を促すこともあるそうです。

「神津島でパッションフルーツを本格的に栽培し始めたのは、15年ほど前からなんです。他の島でも作っているところの多い作物です。当初は生果の状態での販売がメインでしたが、より生果が売れやすくなるという意味でも、加工食品があった方がいいのではないかと思い、今はさまざまな加工品を製造、販売しています」(笹本氏)

神津島のパッションフルーツは、甘味が強く、酸味が少ない品種。その自然で豊かな甘味を活かした加工品は、シロップ、ジャム、せんべい、アイスクリームなど、多岐にわたります。水で希釈すればジュースになり、酒の割材としても重宝されるパッションフルーツのシロップは、販売先である島内の飲食店や宿から高い評価を受けていると言います。

濃厚な甘味と爽やかな酸味が特徴的な神津島のパッションフルーツ。その味わいを活かしたジャム、シロップ、せんべいなどの加工品も開発されています。

「神津島には、みなさんが知っている名産品だけでなく、おいしい食材がたくさんあります。宿や飲食店で名物料理を味わってもらってもいいですし、お土産に買って帰っていただいてもいい。幅広い方法で神津の味覚を楽しんでいただきたいですね」(笹本氏)

東京には、都心とはまた違った魅力的な食文化を持つ島しょ地域があります。名産と呼ばれる食材を味わうだけでなく、自然豊かで穏やかな雰囲気の中で食事を楽しむこと自体が、貴重な体験になるでしょう。

神津島では、東京の島々で見られる伝統的な食文化のほかに、それを進化させようと奮闘する人々が生み出す、「神津島の新しい『食』」も満喫できます。

訪都の際は、少し足を延ばし、神津島をはじめとする東京の島しょ地域ならではの食文化に触れてみてはいかがでしょうか。脈々と受け継がれる食の伝統と島民の新たな挑戦、そして、その背景にある奥深いストーリーを体感いただけると思います。

訪問先

ご協力いただいた施設・お店をご紹介します。

よっちゃーれセンター

前浜港のフェリーターミナルから徒歩ですぐの場所にある、神津島漁業協同組合女性部が運営する施設。1階は、魚介の干物や加工品を販売する海産物販売所、2階は新鮮な海の幸を振舞う食堂になっている。
(1階)https://kozushima.com/shop/kau/miyage/897/
(2階)https://kozushima.com/shop/taberu/356/

神津島熟成魚工房

神津島の新鮮な地魚を熟練の技で血抜き・熟成し、旨味を最大限に引き出した「究極の熟成魚」を販売・提供する。併設の「熟成魚寿司BAR」ではランチ・ディナーが楽しめる。ギフト対応の全国発送やテイクアウトも人気。
https://kozu-jukuseigyo-kobo.com/

中村屋

キンメダイをはじめとする地魚を使った食事が人気の宿。キンメダイ漁師の家族が経営しており、食事に使われる海の幸は鮮度抜群。古民家のような落ち着いた雰囲気の中で、静かな時間を過ごすのに最適な場所。
https://kozushima.com/yado/minshuku/1395/

Hyuga brewery(ヒュウガ ブルワリー)

店内にビールの醸造施設を持つ、ブリューパブスタイルの店。明日葉、パッションフルーツといった神津島の名産を材料に使ったクラフトビールは、絶大な人気を誇る。名産を活かしたフードメニューも充実。
https://kozushima.com/shop/taberu/386/

神津島農業協同組合

施設内に設置された「さざなみアグリ直売所」には、取れたての野菜や果物を求めて島民が集まる。パッションフルーツのジャムやシロップ、島トウガラシなど、お土産にもぴったりな商品も豊富に用意されている。
https://kozushima.com/shop/kau/others/531/

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言葉にあまる出会いを、島で。
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https://shima.metro.tokyo.lg.jp/

神津島で味わう豊かな自然と食

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