東京で楽しむ『屋形船』。移ろう景観とともに江戸前料理を味わう。
屋形船で優雅な時間。景色と江戸前料理を楽しむ。
東京には、江戸時代から受け継がれてきた食と文化の楽しみ方が、今も残されています。ここでご紹介するのはそのひとつ、船の上の小さな料亭、屋形船。水上から見る東京の景色は視線が低く、街で見るものとは異なる趣があります。そしてそれらを眺めながらいただく「江戸前料理」もまた格別。東京湾で獲れた魚介を使った料理は、屋形船ならではの風情をいっそう引き立ててくれます。「食」と「景色」、江戸から東京へ、屋形船が見せてくれる「今」と「昔」の粋な融合を、江戸料理文化研究家の車浮代氏が教えてくれました。
東京・屋形船の歴史とその魅力
屋形船の歴史は古く、今から約1600年以上も前、仁徳天皇の息子が舟遊びをしたという記録があります。一般的には、平安時代の貴族が池や川に船を浮かべて、詩歌や音楽を楽しんだのが始まりとされています。その後、戦国時代に武将たちが「御屋形」と呼ばれる豪華な船を所有し、酒宴を開いたことから「屋形船」の名が生まれました。江戸時代になると、こうした武家の遊びが庶民にも広まり、隅田川を中心に舟宿や料亭が連携して川遊びを推奨したと言われています。花火が上がる夜には隅田川が屋形船で埋め尽くされるほどの賑わいを見せ、1800年代の幕末最盛期には五百隻もの屋根船や屋形船が行き交っていたそうです。因みに屋形船と屋根船の違いは、規模と豪華さにあります。屋形船は家屋のような立派な屋根と座敷を持つ豪華な遊覧船で、武家や豪商が楽しむもの。一方屋根船は、四本の柱と屋根と簾がついた簡素な船で、庶民が日常的に使っていたといわれています。
その豪華で風情のある造りも屋形船の魅力のひとつ。昔ながらの日本建築が、そのまま水に浮かんでいるかのような佇まいは、訪れる人の心を掴みます。鮮やかな朱塗りの船や、渋い木造タイプなど種類も豊富です。外装だけでなく内装も、大きな四角い窓に、日本画や浮世絵が描かれたきらびやかなふすま、畳、障子といった純和建築であるのも、面白いところです。
畳、ふすまなど、日本建築を船にそのまま載せたような、情緒あふれる内装。
車氏が旅行者におすすめするのは、昭和初期に創業した老舗「舟宿小松屋」。「その日の風や天気によって揺れが変わる。そのドライブ感を楽しめるのも屋形船ならではですよ」と車氏は言います。
五雲亭貞秀,貞秀『東都両国ばし夏景色』,藤慶. 国立国会図書館デジタルコレクション。江戸時代、ひしめき合うように隅田川に浮かぶ屋形船。
歌川広重「江戸高名会亭尽 両国」国立国会図書館蔵。料亭で調理された御馳走を屋形船へ運ぶ様子。
隅田川から東京港に続く夜景を楽しみながら、江戸前料理を味わうことができる。
東京で江戸前料理とともに楽しむ屋形船の風情
屋形船の最大の魅力は、船上で味わう江戸前料理の臨場感です。江戸前料理とは、江戸に近い東京湾で獲れた新鮮な魚介を使った料理のこと。香りや音、熱気までもが食体験の一部となり、五感を刺激します。おすすめ料理は、なんといっても揚げたての江戸前天麩羅。船内で揚げたばかりの香ばしい海鮮天麩羅を、移ろう景色を眺めながらいただけるのは、屋形船ならではの特別な体験です。天麩羅のほかにも、さまざまな日本料理を楽しむことができます。
こうした料理スタイルは、江戸の人々が大切にした「出来立てを味わう」文化に根ざしています。現在は船内で職人が調理するコース料理がほとんどですが、江戸時代は出来合いの料理を積み込むだけでなく、「うろうろ船」と呼ばれる小舟が屋形船まで料理を売りに来て、客たちは好きに注文をして楽しむこともありました。提供の仕方は変化しても、こだわりは変えない。隅田川や東京港の夜景を眺めながら、江戸前料理を味わう時間は、伝統と革新が交差する特別なひとときです。
時には、料理人や船頭が江戸文化の語り部としても活躍しています。水上からだからこそ目にすることのできる、大都会の隠れた江戸の名残りや、建造物や土地のエピソードなど、語りを通じて、東京の歴史や食文化を自然に学ぶことができます。食・景観・文化が融合した屋形船は、文化的体験を求める旅行者にも支持されており、東京ならではの魅力として注目されています。
屋形船での食事は、ただ料理を味わうだけではなく、江戸の美意識を現代に伝える極上の体験といえます。視覚・味覚・嗅覚を同時に満たす至福のひとときを、ぜひ東京で。
揚げたての天麩羅が味わえるのは、屋形船の醍醐味。
東京で屋形船を楽しむための心得と魅力
屋形船の楽しみ方は、料理だけではありません。三味線や舞踊などの日本らしい演目が用意されている船もあり、食と芸能が一体となった空間は、江戸の「粋」を現代に伝える場でもあります。コースによっても楽しみ方が変わります。旅行者に人気のある東京のスポット、お台場で停泊して東京の夜景を楽しむコース、隅田川をのぼってスカイツリーの美しいライディングを楽しむコース、桜の季節にはお花見屋形船、夜桜ディナーなども毎年多くの人を楽しませています。
そして、屋形船に乗る際には、いくつかの注意事項があります。船内は限られた空間なので、過度な騒ぎや大声での会話は控えるのが礼儀です。揺れによる船酔いが心配な方は、事前に酔い止めを服用すると安心です。また、靴を脱いで畳に上がるスタイルの船がほとんどのため、清潔な靴下や脱ぎやすい靴を選ぶと快適です。乗客全員が心地よく過ごせるよう、配慮しましょう。
少人数から利用できる「乗合」と団体用の「貸し切り」がある。
春は桜(花見)、夏は花火の見物でも人気。
揚げたての江戸前天ぷらに、多彩な日本料理を選べるのも、屋形船の楽しみのひとつです。東京の景観を水上から眺めつつ、旬の味を堪能できる屋形船は、食・風景・芸能が融合した特別な文化体験。料理人や船頭の語りを通して、江戸の美意識や歴史に触れられるひとときは、多くの旅行者を魅了しています。
車 浮代
くるま うきよ
江戸料理文化研究所代表
時代小説家
1964年大阪府生まれ。江戸の食文化に精通し、当時の料理1200品目以上を再現。江戸料理や浮世絵、風俗史をテーマに執筆・講演・メディア出演を行う。著書はベストセラーとなった『蔦重の教え』をはじめ、『江戸の食卓に学ぶ』『天涯の海 酢屋三代の物語』『居酒屋蔦重』など30冊に及ぶ。2025年8月、NHKと外務省の要請により、ロサンゼルスのドルビー・シアターにて、『浮世絵に見る江戸の食文化』講演開催。同タイトルのバイリンガル書籍が国内外で発売中。江戸風キッチンスタジオ「うきよの台所」も運営している。
http://kurumaukiyo.com
江戸から親しまれる屋形船で東京の食と景色を楽しむ
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