The Secrets Behind Tokyo’s Deliciousness

2026年4月 1日

東京はなぜ「どこで何を食べても美味しい」のか? 「流通」という舞台裏から読み解く

「東京は、どこで何を食べても美味しい」
海外の旅行者から、そう評されることが多くあります。
寿司や天ぷらといった江戸前料理だけでなく、ふらりと入った一軒や何気ない一品まで、一定の水準が保たれていることに驚かれるのでしょう。その理由を「解き明かすために3日間開催されたのが、東京都主催のイベント「The Secrets Behind Tokyo’s Deliciousness」。映像、調理実演、試食、クロストークを通して、料理やシェフだけでなく、東京の「流通」を支える市場・仲卸・物流・生産者といったプロフェッショナルたちに光を当て、「美味しさが生まれる背景」を発信力のある海外のメディアやインフルエンサーの方々にお届けしました。

ここでは、食の舞台裏を「伝統」「進化」「革新」という3つの視点でレポートします。庶民向けの居酒屋から、最先端ガストロノミーまで。東京で味わう一皿の向こう側には、無数のプロフェッショナルが存在していたのです。では、具体的に東京の「美味しさの秘密」を探っていきましょう。

多様な食材が東京に集まる。その仕組みは江戸時代から始まった

まず注目したいのは、東京で採れる野菜や東京の島々で獲れる海鮮、さらには全国各地の新鮮な食材を送り届けてくれる「輸送・物流」です。朝収穫された魚の多くは数時間で市場に並び、野菜も翌朝には東京に届きます。安心・安全・清潔に。その正確さとスピードは世界に誇れるものと言えるでしょう。

その基盤は今からおよそ400年前、17~19世紀の江戸時代に生まれました。国家統一の手段として、幕府は江戸(東京の旧称)を起点とする「五街道」と呼ばれる5つの主要道路網を整備したのです。このインフラによって全国津々浦々と東京が結びつき、食材以外にも人や物資、情報が全国規模で動き始め、江戸は巨大な消費地として発展していきました。

時代は進み、鉄道や新幹線の登場、さらには高速道路網の発達により、食材はこれまで以上に早く確実に、東京へ届くようになりました。

全国から届いた食材は、一堂に揃い振り分けられます。それが「集荷と分配」の現場である東京の市場です。これもまた、起源は江戸時代の日本橋魚市場にあります。1673年当時の江戸は10万人足らずの地方都市でしたが、幕府の強力なリーダーシップによる都市計画と、全国から人を集める参勤交代制度によって、わずか100年でロンドンやパリを超える世界最大の100万人都市へと成長しました。その膨大な胃袋を満たすために日本橋に魚市場が生まれ、大都市の食を支える仕組みが築かれたのです。

現在、市場は単なる取引の場から公正な価格形成と安定供給を担う制度へと進化しました。そして、東京には世界でも類を見ない11の中央卸売市場が存在します。取り扱う品々は、水産、生肉、青果、花きにいたります。徹底した温度管理と衛生管理、最新の物流システムが備わり、その中心では食材を見極めるプロフェッショナルが活躍している。こうした世界最高水準の市場の仕組みが、東京の食文化を支えているのです。

Day1. 伝統 古さではなく、品質を安定させる知恵の集合体

時代を越えて受け継がれる「伝統」。
味だけではなく、お客様との距離感、仲卸との信頼関係、歴史のなかで磨かれたオペレーション。その独自システムが確立されたとき、⼀軒の店は⽼舗として⻑く愛されていきます。

東京には、こうした伝統を受け継ぐお店がたくさんあります。寿司や天ぷらのような誰もが知る名物から、洋食、居酒屋、甘味処まで。長い歴史の中で磨かれてきた味が、街のあちこちに息づいています。東京を訪れれば、旅行者であっても食を通じて気軽に味の伝統を体験することができるでしょう。

伝統は過去の遺産ではありません。毎日同じ味を提供し続けるために、見えない部分を更新し続ける営みでもあります。その粘り強さこそが、「東京はどこで食べても美味しい」の土台になっているのです。

そのことを雄弁に物語っていたのが、初日に登壇した「銀座みかわや」と「山利喜」でした。そして、彼らを支える仲卸の存在も欠かせません。

銀座という街で90年続く洋食の老舗

銀座は常に新しいものが集まり、同時に「一流」であることを求められる場所です。そんな東京の中心地で、銀座みかわやは90年にわたり「洋食」の店を構えています。

洋食は140~150年前に日本に伝わった西洋料理のことを指します。そこから第二次世界大戦後に、日本人の味覚や生活スタイルに合わせて再構築されました。端的にいえば、日本人の主食である「ごはんに合うもの」へと進化したのです。

料理長の山本辰也氏が実演したのは、創業以来作り方を変えていないバター・小麦粉・牛乳を基本とする伝統的なホワイトソース(ベシャメルソース)を使った「芝海老のグラタン」。そして、特別な日のご馳走として愛され続ける「活け車海老のフライ」です。どちらも洋食の歴史を象徴する存在です。

家庭料理としても親しまれる一方、洋食レストランとして提供される際には、火入れやソース、素材選びに高度な技術が求められます。定番メニューでありながら、素材の良し悪しがはっきりとわかる料理。だからこそ、オーナーの渡仲晋平氏は海老の仕入れに強いこだわりをもっています。

仲卸をハブとする漁師や料理人とのコミュニケーション

渡仲氏がグラタンに求めるのは、かつて東京の芝浦で獲れていたことから名前が付いた、旨みと香りの高い芝海老。エビフライには、特別な日の食材の代表格である、活きた車海老です。どちらも味を大きく左右する「鮮度」と、同じ仕上がりで提供し続けるための「見た目」を重視しています。

ここで重要な役割を果たしているのが、仲卸・三栄水産との関係でした。三栄水産は海老専門の仲卸であり、国内外さまざまな海老を取り扱っています。「海老のことなら三栄水産に行けばどうにかなる」と言われる存在です。

クロストークでは、料理人と仲卸の間で交わされる実務的なやりとりが紹介されました。
渡仲氏は「良い品を納品してもらわないと、良い商売ができない」と語ります。その期待に応えるため、海老のエキスパートである三栄水産の高野秀貴氏は、細部まで確認した商品を適正価格で競り落としていきます。

「海水の温度が1℃違うだけで、身の張りや調理した時の色が変わってしまう」と、昨今の気候変動問題も含め高野氏はその難しさを語ります。

そこで大事になってくるのは、仲卸をハブとする漁師やレストランとのコミュニケーションです。良い海老が入らなかった日は素直に伝える。気候変動の影響を受けながらも、その中で最善を尽くすと話します。

それぞれが自分の仕事にプライドを持って真摯に接する。そんな関係性もまた東京の「伝統」であり、多くの店で実践されていることです。ゆえに、東京はいつ訪れても常に最高の食事が楽しめるのです。

下町で愛されて100年。居酒屋の煮込みが語るもの

東京の下町 森下にある山利喜は、銀座とはまったく異なる文脈で「伝統」を築いてきました。「居酒屋」として100年近く続くこの店は、地元の人たちに愛される存在です。

名物は「煮込み」。牛や豚の内臓を使ったこの料理は、食料の乏しい戦後の復興期に生まれ、今では居酒屋料理の定番メニューとなっています。汁の継ぎ足しによる同店の深い味わいは、東京三大煮込みと評されるほどです。

その秘密は、先代がフランス料理の世界で培った技術にあります。風味付けや臭み消しとして一緒に煮込まれる、ハーブや香味野菜の束(ブーケガルニ)を入れ、赤ワインを加える。そうすることで、モツの脂身もそのまま使っているにも関わらず、マイルドで上品な味わいが生まれるのです。なお、モツもまた鮮度が第一、山利喜ではその日に〆られた新鮮なモツだけを使用しています。

「ガツ刺し、生姜醤油」もまた、ローリエや野菜くずを入れて下茹でするといったフランス料理の手法が取り入れられています。ガツ(豚の胃袋)という一見ハードルの高い食材を、丁寧な下処理と技術で成立させる。そして余すことなく使い切る姿勢は、現代的なサステナブルの思想とも重なります。

その日に仕入れたものは、その日のうちに売り切る

山利喜が長く愛されてきた理由は、多くの人にとって大事な居場所を提供し続けてきたからという点も見逃せません。17:00オープン、22:00にはラストオーダーという営業時間には町の空気が息づいているのです。

「日雇い労働者は朝が早いので、さっと飲んですぐに帰ります。でも、週5日来られる常連の方もいる」。そう店主の山田氏は話します。営業中に次々とメニューが品切れとなり、その日に仕入れたものは、その日のうちに売り切るスタイル。庶民に愛される居酒屋の多くは、新鮮なものをその日のうちに提供し、食材を無駄にしないという極めてサステナブルな取り組みが実践されているのです。

洋食と居酒屋。一見対極にあるような組み合わせですが、本質は同じです。仕入れを重んじ、丁寧に仕立て、お客様の声を受け止めながら味を磨き続ける。その積み重ねこそが「伝統」を生んでいくのです。

東京には、こうした営みを日々続けているお店が数多く存在します。その裏側には市場や仲卸といった存在が欠かせません。伝統とは個人技にとどまらず、精度の高い東京の流通によって保たれています。ふらり訪れたお店なのに「美味しい」。それもまた、東京ならではの伝統のかたちです。

Day.2 進化 東京のトレンドやカルチャーが、伝統料理に反映されるプロセス

2日目のテーマは「進化」。
進化とは伝統を手放すことではなく、その土台の上に新しい要素を重ねていくことだと語られていきます。ここでは「寿司」と「天ぷら」という東京を代表する料理。かつて東京湾の⾷材を軸に発展した「江⼾前」というスタイルを進化させたお店を軸に、進化のプロセスを紐解いていきました。

ここでの面白さは、進化が料理人の発想だけで起きているのではなく、新たな視点で魚や野菜を選び・届ける、個性豊かな裏方との共創によって加速している点にあります。東京は、多様性を受け入れる都市であると同時に、多様性を「味」に変換する都市でもあります。その背景には「流通」と「情報」が欠かせないということが見えてきました。

職人技×ボーダレスで進化する江戸前鮨

東京タワーの下に店を構える「浩也 東京前」の店主 本橋拓也氏は、江戸前鮨の技術をベースに、和・洋・中の技法をボーダレスに組み合わせる「東京前」というコンセプトを掲げています。本橋氏が強調するのは、「制約をなくし、純粋に美味しいものを作り上げたい」という想いでした。江戸前の魂を持ちながら、国際都市・東京のフィルターを通して大胆に更新する。ここに、進化の核があります。

象徴的だったのは、今回特別に用意された一貫「tuna Tuna TUNA」。マグロの赤身・中トロ・大トロを一つに握り、小文字から大文字へと大きくなる料理名とイメージを重ねます。通常は部位ごとに味わうものを、握りという製法はそのままに一貫でそのバリエーションを表現した挑戦的な一皿です。

続く「茶碗蒸しのお鮨」も同様です。茶碗蒸しと白子、酢飯をレンゲで混ぜ、さらに日本酒にブラックペッパーを加えることで、味の表情が切り替わるよう設計されています。ここで提供されるのは「完成品」ではなく、「完成する体験」です。料理が口の中で立体化していく過程は、提供スタイルの進化でもあることがわかります。

季節を越えて旬の美味しさを提供。冷凍技術の進化

クロストークに登壇したのは、豊洲と築地に店舗を構えるキタニ水産の宮下太郎氏。彼はマグロを専門に仲卸するプロフェッショナルです。ここで語られたのは、進化の裏にある「冷凍・冷蔵」「流通スピード」「ピークのコントロール」でした。

例えば、マグロは獲れたてが一番美味しいわけではなく、最低でも3~4日間は氷詰めにして熟成しないと脂が回らないと言います。また、一番脂がのっているのは冬の時期だと語ります。そこで重要になってくるのが冷凍の技術です。
家庭用冷凍庫がマイナス20度程度だとすれば、マグロで用いる冷凍庫はマイナス50~60度という温度帯。これにより、味のピークを半年~1年レベルで保ち、旬の美味しさを別の季節へ持ち運ぶことができるようになったと言います。冷凍は妥協ではなく、品質維持の道具なのです。

「江戸前」という言葉には、東京湾という「目の前の海からの恵み」という概念がありました。しかし、流通スピードや保存技術が進化するにつれ、その概念は時間と距離の制約を越え「世界中の海を束ねる」という方向へ広がっていることが理解できるでしょう。季節外れのものでも自在に提供できることもまた、東京における進化のひとつなのです。

フレンチの感性で再解釈される天ぷら

続いては、フレンチの料理人でもある亀谷剛氏が生み出す「テンキ」の天ぷらです。こちらの進化は、フレンチの手法を取り入れただけではありません。素材・衣・味付け・食べ方という食の工程を分解し、再構成するアプローチの斬新さにあります。

季節の野菜(にんじん)の天ぷらを海苔で巻いて手で食べるという「季節野菜の天ぷら~taco style~」は、炭酸水を加えた衣で軽さを出し、油はニュートラルな植物油が使われています。そこに香味野菜と計算され尽くしたソースを加えることで、伝統的なごま油を使った天ぷらとは異なる、トータルバランスに優れた一皿に仕上げているのです。

亀谷氏の「えび天」は、ただの海老の天ぷらではなく、海老のツミレの中に、海老の身と頭のソースからつくったジュレを忍ばせ、2度揚げで尻尾まで食べられるというものです。お皿には、フランス料理の魚のパイ包みで使われるソースをライトに仕上げたものが敷かれています。

このように、「衣で食材の旨味を閉じ込め、温度と時間で仕上げる」という天ぷらの真髄はそのままに、素材・衣・味付け・食べ方を進化させています。

市場の外側にある、繋がりのある生産者との対話

亀谷氏による天ぷらの「進化」の裏側には、野菜の流通を担う&Bugrass 北総農産の吉岡和彦氏の存在があります。証券会社勤務から体調不良をきっかけに食と向き合い、発酵の力を借りた土づくりを行なう生産者と出会った吉岡氏。現在は毎週末、渋谷の青山ファーマーズマーケットにて全国の小さな農家の野菜を集めて販売しています。

ここで立ち上がるのは、中央卸市場のネットワークとは異なる「距離の近さ」と「情報の密度」です。吉岡氏は昔ながらの栽培で野菜を育てる生産者から直接買い付け、自ら調理して味わい、その情報を消費者に伝えながら販売しています。ゆえに、店先には旬な食材しか並びません。「見た目ではなく、美味しいが基準なので規格外野菜というものはうちにはありません」とも語る吉岡氏。

週末になると、お店のスタッフは自転車で10分ほどの青山ファーマーズマーケットに出向き、吉岡氏と対話をしながら野菜を選んでいきます。そこでは畑の状態や収穫タイミングの情報が共有され、さらに料理人からのフィードバックが生産者へ戻るという「情報の循環」が生まれています。

このように、東京の食の「進化」とは、他国の料理を単純に取り入れるのではなく、多様な食材や技法を受け入れ、整理し、一皿の「味」として成立させる力のことを指します。

ジャンルを越えて進化する料理人の背後には、食材を素早く正確に届ける物流、品質を保つ冷凍・保存技術、そして日々素材を見極める仲卸や生産者の目利きがあります。産地の情報や季節の変化は料理人に共有され、新たなアイデアが再び産地へと戻っていく。情報が一方向ではなく循環しているのです。

東京は、世界中の食材やアイデアを受け入れる都市でありながら、それらをきちんと管理し、味へと変換する運用力を持っています。そんな都市の受容性と、プロフェッショナル同士の緊密な連携こそが、東京の食の「進化」を支えているのです。

Day3. 革新 美味しいを持続可能にする挑戦

3日目のテーマは、ガストロノミーを通して見る「革新」です。
ここで強調されたのは、革新とは単に新しいことをするのではなく、「東京でガストロノミーを続けていくなら、どんなおいしさを提案すべきか?」「多くの食材が気候変動の影響を受けるなか、持続可能な美味しさを提供するためにはどうするか?」という問いから生まれたものでした。

遊び心を添えながらサステナブルを表現する

フレンチレストラン「Sincere(シンシア)」の石井真介シェフは、サステナブル・シーフードの実践と発信に取り組んでいます。店名が意味する「誠実・真摯」の通り、持続可能な食材を選びながらも、押し付けがましくならないよう遊び心を加えて調理する。その翻訳力が大きな特徴となっています。

実演では、資源管理されたスズキを使い、フランス伝統料理のパイ包み(ルーアンクルート)に仕立てたものを、たい焼き型のワッフルメーカーで焼き上げました。その可愛らしい見た目に反して、味わいはクラシック。さらに、知名度が低く市場で流通していない魚を含む多様な海の幸と旬野菜を美しく散りばめた一皿も実演しました。

どちらの料理も、見ても食べても美味しいという基本はそのままに、東京湾の魚を守るために挑戦している漁師がいる事実をさりげなく忍ばせています。

まだ知られていない美味しい魚を積極的に活用する理由

クロストークに登壇したのは、神奈川でレストラン向けの魚を扱う「さかな人」代表・長谷川大樹氏。彼は、釣った魚の脳から脊髄(神経)へ専用のワイヤーを通し、死後硬直を遅らせる「神経締め」の技法を用い、鮮度を保ったままシェフたちに魚を届けるプロフェッショナルです。近年は世界でも同技術の実践者が増え、長谷川氏自身も各国へ教えに行くことが多いと言います。

印象的だったのは仕入れの哲学でした。一般的には、市場で安く買うことが価値になります。しかし、長谷川氏は「高く買うことをプライドにしている」と話します。そうして漁師たちの生活を安定させると、水産資源のような海の課題に彼らも目を向けるようになるというのです。長谷川氏と仕事をする漁師たちは、大きな魚しか獲らない、小さい魚は放流する、また水揚げ量が減っている魚も獲りません。この自主規制の姿勢が「新たな価値」を生んでいるのです。

未利用魚と呼ばれる魚についても同じです。知名度が低い、見た目が悪いなどの理由で市場には出回らない魚たちがいます。しかし、正しい処理と提案によってはおすすめ商品に生まれ変わります。例として、脂があり美味しいのに、骨が面倒で使われないクロシビカマスは骨切りをすれば提供できる。味はいいが身は少ないオオコシオリエビは、ソースやスープで活用できるなどです。

そのような提案ができるのは、長谷川氏がさまざまな未利用魚を率先して食し、調理方法まで研究して情報共有しているからでもあります。その結果として、シェフたちから大きな「信頼」を獲得しています。

「地球温暖化だから魚が獲れないではなく、温暖化によってこんな魚が獲れるようになった。それもまた幸せなことであり、漁場にやってきた魚に感謝をする。それをシェフの方々に伝え、シェフは料理でそれを表現してお客様に伝える。その循環を提案しています」と語る長谷川氏。

その姿勢は、単なる仕入れの工夫ではありません。これまで価値がついていなかった魚に光を当て、適切な処理と情報を添えて流通に乗せることで、新しい市場を生み出していく挑戦です。漁師から仲卸、料理人、そしてお客様へ。流通の設計そのものを更新しながら「美味しい」を持続可能にしていく。その営みこそが、東京における革新のひとつだと言えるでしょう。

身近な野菜だからこそ驚きが生まれる

後半は「Florilège(フロリレージュ)」の川手寛康シェフが登壇しました。プラントベースを軸に、誰もが知る身近な野菜を使うことで「記憶に残る」料理の創造を目指しています。川手氏のプラントベースは、肉や魚を食べないのではなく「野菜を中心」に摂っていきましょうという考え方。そこに至ったのは、海外で仕事をする経験が豊富だったことにあります。

「今は、NYで和牛や日本のマグロを注文しても翌日には届きます。それくらい流通網が発達しています。そんな状況下で唯一困ったのが野菜でした。世界各国に良い野菜はありますが、僕の作りたい料理とは少し味わいが違う。そうなると、東京でしか表現できない料理はプラントベースなのでは? と思うようになったんです」と、川手シェフは語ります。

その発想から生まれたのが「かぶ turnip」です。細かくきったかぶを蒸し煮してピューレにし、塩がまにしたかぶを重ね、もう一度蒸し上げる。身近な野菜だからこそプロの技術と手間が垣間見え、記憶に残る革新の一皿となるのです。

続く「白菜 Chinese cabbage」は、発酵が主役です。瓶で約1週間発酵させた白菜を中心に、青リンゴ、大葉、細魚、松の実、海苔を巻き上げ、フレッシュチーズの一種であるフロマージュブランを何度も重ね、最後に魚で作ったでんぶをふりかける。仔牛の骨や肉を香味野菜と一緒に煮込んだフォンドボーのように、煮詰めることで深みを出すのではなく、いろいろな食材を混ぜ合わせで複雑さを作り、足りない旨みを発酵で補う。家庭では絶対に味わえない、こちらも記憶に残る革新の一皿です。

料理オタクと野菜オタクを繋げる専門家

そんな川手氏の挑戦を支えるのが、台東区にある食材卸「みどりショップ」代表の奥村武士氏です。彼は美味しい野菜を作ることに長けた20~30軒の農家から、それぞれ得意な野菜を集めて自ら料理人に配送しています。

奥村氏は自らの仕事を「料理オタクと野菜オタクを繋げる仕事」と語ります。そのうえで、レストランと農家の間には翻訳者が必要だと語ります。彼は、シェフに野菜を届ける時は農家の顔をして、農家に行く時はシェフの顔をするというのです。なぜなら、直接話すと齟齬が起きやすく、良くないものが届いた時に問題の所在が見えないからです。

そのため、奥村氏が責任を持って温度管理も含めた流通を保証し、シェフには胸を張って最高の野菜を届けています。その一方で、シェフの要望(サイズ、収穫のタイミング)を農家が理解できる言葉に変換して伝えていきます。

「手間暇をかけ、美味しくなる野菜のコツを知っている生産者はまだいます。彼らには、“本気を出してください、ちゃんと高く買います”と伝え、本気の料理人に使ってもらう。それが美味しい料理になったことをフィードバックすると、生産者のモチベーションが上がるんです」と奥村氏。

このように、革新の裏側には「美味しい」を未来へつなぐための、プロフェッショナルたちによる真剣勝負がありました。未利用魚を価値に変える提案も、日常野菜を主役に押し上げる挑戦も、料理人の発想だけでは成立しません。生産者、仲卸、流通、温度管理、情報共有、それぞれが高いレベルで噛み合って初めて、革新は継続可能になるのです。

市場での流通と顔の見える取引、その両方が機能する都市・東京。その細部まで配慮された仕組みがあることで、「一過性の話題」では終わらないものが生まれていきます。革新とは奇抜さではなく、「美味しい」を持続させる設計思想。その更新が、今日も東京全体で進んでいます。

東京でプロフェッショナルたちの連携を食す

この3日間を通して、東京の美味しさは、各ジャンルのプロフェッショナルたちによる連携で生まれることが理解できました。中心にあるのはシェフの調理、その技術が最大限に発揮されるためには、食材を見極める目利きがいて、正しい流通がなされ、各種情報が循環し、生産者と料理人の距離が縮まることが重要です。東京で料理を食べるという行為は、気づかないうちに、その連なりの成果を味わうことでもあるのです。

旅行者にとって実用的なヒントをひとつ挙げるなら、東京は「自分にとっての名店を探しに行く街」であると同時に、「安心して冒険できる街」でもあることです。

鮨であれば、クラシックな江戸前と東京前のような進化系を両方体験してみることをおすすめします。天ぷらであれば、王道の天つゆだけでなく、香りや食べ方を進化させた店にも入ってみる。ガストロノミーであれば、単に味が美味しいというだけではなく、いかにサステナブルであるかなど、その料理の背景やストーリーも含めた美味しさを体験する。

そんな新しい視点を持って食べ歩くと、東京は「食の街」であると同時に、「流通と目利きの街」でもあることが見えてきます。

「どこで何を食べても美味しい」という評判は、ただの噂ではありません。江戸から続く技術の蓄積、都市や人の多様性、それらを支える精度の高い流通網によって生まれています。その伝統が土台となり、都市の受容性のもと進化が加速し、未来へと続く革新が生まれる。東京の美味しさは、今日も静かに更新され続けています。

The Secrets Behind Tokyo’s Deliciousness ep02

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