トウモロコシから始まる東京のタコス
メキシコの伝統と日本の四季で編み直す
東京は恵比寿の一角に、トルティーヤの香りが立ちのぼる店がある。店内に足を踏み入れても、タコス屋であるとは思い難い。新しい内装であるものの、店内には日本の伝統的な和を連想させる雰囲気が漂う。寿司屋を彷彿させるカウンターまで存在するからだ。
そのカウンターの向こうで日々行われているのは、単なる異国料理の再現ではない。メキシコ料理の核をなすトルティーヤに合うタコスという料理の可能性を探り続ける試みである。その可能性を引き上げるのは、食材、四季、そして流通が生み出す東京の食文化。
店名にある「青いタコス」こそが、この店のテーマである。一般に流通しているトルティーヤは白や淡い黄色のイメージであるが、同店のそれは黒い。なぜか?
その理由を、このお店Los Tacos Azules(以下ロス・タコス・アスーレス)のオーナーであるメキシコ北部モンテレイ出身のシェフ、マルコ・ガルシア(以下ガルシアシェフ)に聞いてみた。
メキシコ・モンテレイから始まった料理人の原点
ガルシアシェフが生まれ育ったモンテレイは工業都市、そしてビジネスの拠点としても知られるエリア。とはいえ、他のメキシコの街同様に、屋台文化と家庭料理は存在する。そんな環境で育った彼にとって、タコスはごく日常的な存在だったという。
料理の道を志す直接的なきっかけとなったのは、学生時代の日本留学だ。来日し、初めて触れた東京の食文化は、彼に大きな衝撃を与えた。
季節ごとに食材が変わり、素材そのものへの敬意が料理の中心に据えられていること。そして東京の伝統的な料理である寿司、天ぷら、蕎麦といったジャンルが、それぞれ極端なまでに専門化され、高い水準で共存していること。
「この考え方は、メキシコ料理にも応用できる。」
そう感じたことが、彼の料理人生の方向性を決定づけた。
帰国後、ガルシアシェフは改めて自国の料理を深く学ぶため、メキシコ各地を巡った。地方ごとに異なるトウモロコシ、豆、唐辛子、調理法。そこで出会ったのが、メキシコ料理研究家ダイアナ・ケネディの思想だった。彼女が繰り返し訴えていたのは、「在来種トウモロコシを使ったトルティーヤこそ、メキシコ料理の魂である」ということ。その言葉は、現在のガルシアシェフの仕事の礎となっている。
というのも、大量生産と流通を前提としたトルティーヤは黄色系が多いのだが、そのベースとなるトウモロコシの品種は、じつは多様な色が存在する。色の差はその品種の差でもあるのだ。
2011年、彼は地元モンテレイでタコス店を開業する。店名は「青いタコス」。在来種トウモロコシであるブルーコーン(maíz azul。青、青紫、黒に近い色も含む)を使ったタコスへの敬意を、店名にそのまま込めたのだった。
これほどまでに、色に違いがあるトウモロコシ。
なぜ東京だったのか?
メキシコでの経験を積むなかで、ガルシアシェフの頭の中には常に「日本」という選択肢があった。単に日本が好きだからではない。料理人として、自身のアイデアを最も厳しい環境で試せる場所だと感じていたからだ。
なかでも東京は、世界でも稀有な都市である。多様な料理ジャンルが同時に存在し、消費者の舌は鋭い感性を備え、食材の流通網は極めて高度。素材の背景や季節性に価値を見出す文化が、日常に根付いている。
「日本の東京だからこそ成立するタコスの表現がある。」
そう確信し、2018年、東京の三軒茶屋にロス・タコス・アスーレスをオープンした。
東京の印象を、ガルシアシェフはこう振り返る。 「東京はもちろん、日本では、素材が主役。料理人はその声をどう引き出すかを考えている。その姿勢に強く惹かれた。」
トルティーヤは店の魂
ロス・タコス・アスーレスを語るうえで、トルティーヤの存在を抜きにすることはできない。店の最大の特徴が、トルティーヤを作る工程をすべて自ら行っているからだ。
使用するのは、メキシコ製ウェットグラインダーのモリーノ(粉砕機)。
工程は乾燥させたトウモロコシの粒を石灰とともに茹でることから始まる。火を止めた後、石灰水の中で一晩休ませ、洗浄して皮を除去。モリーノで挽き、生地にする。この工程が毎日繰り返される。
使われるのは在来種トウモロコシであるブルーコーン。香り、甘み、ミネラル感が強く、一般的に流通している黄色系トウモロコシとは全く別の品種となる。このブルーコーンを用いることで、メキシコの伝統的製法を含むトウモロコシ文化への敬意を表明しているのだ。
デンプンの特性により、焼き上げるとしっとりと膨らみ、噛むほどにナッツのような香ばしさが立ち上がる。独特の香りや甘みも特徴だ。
トルティーヤは基本的にオーダーごとに1枚ずつ焼く。
焼きたてでなければ、この食感と香りは成立しない。そのためテイクアウトは行わない。大量注文時のみ、例外的に複数枚を同時に焼くこともあるが、あくまで品質最優先の姿勢を維持する。
現時点でのブルーコーンは輸入が中心だが、チャンスがあれば、そして将来的には、よりローカルな形での調達も視野に入れているという。
ハイパーローカルという思想
ロス・タコス・アスーレスのもう一つの軸が、「ハイパーローカル」という考え方だ。
メキシコ料理のエッセンスを守りながら、可能な限り日本の食材を使う。安易なフュージョンではなく、それぞれの食文化の“本質”を踏襲することを重視している。
例えば、東京の西部に位置する自然が多い街青梅で収穫されるパクチー。例えば、静岡の鮮魚店と連携した魚介。例えば、北海道の豆農家から届く様々な豆類。北海道のチーズ生産者と協力して作られるオアハカチーズ(裂けるタイプのチーズ)なども存在する。
唐辛子についても、日本国内でハラペーニョやハバネロの栽培が増えてきたことで、彼のメニューに合わせた味の調整を行いながら、その活用を検討している最中だ。
「日本の食材を使うことが目的ではない。日本で作る必然性があるかどうか。そこが自分のメニューの本質だ。」ガルシアシェフはそう語る。
東京という市場での挑戦
東京は、チャンスと同時に厳しさも併せ持つ街。
競争は激しく、店が注目を集め続けるのは容易ではない。特にメキシコ料理は「ファストフード」のイメージがまだ強く、価格帯の高いメニューに抵抗を示す客も少なくはない。さらに近年のタコスブームによって、恵比寿や渋谷エリアにはテクス・メクス料理(Tex-Mex Cuisine。メキシコ北部の料理をルーツに、アメリカのテキサス州を中心に発展した地域料理)からメキシカン・アレンジスタイルまで、類似店が急増している。
その中で客に選ばれ続けるためには、メニューの特徴化と丁寧な説明が不可欠だ。 ロス・タコス・アスーレスは、作り立ての料理の提供、日本料理に見られるカウンター文化への敬意、そして食感への徹底したこだわりが、評価されてきた。
ガルシアシェフのそうした努力の甲斐もあって、三軒茶屋店には行列が出来るようになり、2022年末、新たに恵比寿店をオープンさせた。三軒茶屋店に比べると、恵比寿店は外国人比率がやや高い。どちらの店舗も日本人客の「季節志向」をより意識し、メニューの約半分は常に季節限定。野菜中心のメニューも多く、ベジタリアン対応も可能としている。
一見、和食のお店の雰囲気をも感じさせるシンプルな外観のロス・タコス・アスーレス。
東京だからこそ生まれた料理
東京での活動の集大成ともいえるのが、恵比寿店限定のTACOS BAR(以下タコス・バー)だ。
魚介のみを使ったおまかせコース、タコスごとに異なるサルサ(ソース)を合わせる「サルサペアリング」など、同店ならではのオリジナリティを放つ試みとなる。素材ごとに調理方法(生/炙り/蒸し)を変え、焼きたてのトルティーヤに載せて提供する。この発想は、流通網を含めた日本の鮮魚文化があってこそ成立するもの。
なおこのコースに合わせて提供されるアルコールは基本的に日本産限定というこだわりも見せる。クラフトビール、ワイン、そして日本酒と、日本産で徹底的に楽しんでもらいたいというアイディアでもある。
岡山で作られる味噌の生麹を使い、トウモロコシを発酵させたオリジナルのコーン甘酒を開発した、ガルシアシェフならではのスタイルとも言えよう。日本の発酵文化とメキシコの穀物文化が交差する見逃せない逸品だ。
写真に残したい、三つの料理
今回、象徴的だった料理を、三つ挙げたい。
まず、「さつまいものモレ」。オアハカ伝統のソースを、日本のブランドさつまいもで再構成。約40種の食材を使い、唐辛子のみ輸入、それ以外は国産という構成だ。
次に「カルニータス・スペシャル」。国産豚をコンフィにし、塊のまま焼き上げることで、食感を最優先に仕上げたガルシアシェフならではの斬新さが特徴。クラシックなスタイルとの対比も興味深い。
最後が「バルバコア」。岩手で放牧された日本短角牛を使い、蒸し焼きと燻製を組み合わせた一皿。特別な素材と手法による価値が明確に伝わってくる一皿だろう。
「さつまいものモレ」
メキシコを代表する伝統的ソースであるモレ(mole)。なかでもオアハカ州のモレは石臼で挽く伝統性や在来種トウモロコシ文化が色濃く残るため、原型に近いモレが残る地域と考えられている。
「カルニータス・スペシャル」
長時間低温加熱によって、繊維がほどける直前の柔らかさとジューシーさをキープさせたコンフィ。塊のまま焼き上げることで、表面はカリッと、内部はしっとりという食感の対比が期待できる豚肉料理。
「バルバコア」
赤身主体で脂が控えめな日本短角牛。蒸し焼きや燻製といった長時間調理の場合、一般的に高級と認識されている霜降り和牛に比べて、肉そのものの旨さを引き出しやすい特徴を持つ牛肉でもある。
料理とは、文化をつなぐ行為
「料理をすることは、素材や生産者、文化への敬意を表現すること」
ガルシアシェフはそう語る。
単に空腹を満たす行為ではない。記憶を残し、文化を伝え、環境への責任を引き受ける行為でもある。だからこそ、誰とどんな関係を築き、何をどう扱うかが重要になる。
仕上げの焼きやタコスと組み合わさって、国産豚のカルニータス・スペシャルとして完成する。
北海道大樹町での実演イベントでは、メキシコの伝統手法を再現するためにメキシコからクルーを招聘。彼らの手によって、地面に穴が掘られ、その穴の壁に石を積み上げるスタイルの石窯式調理を、北海道の鹿肉を用いて行った。食材だけでなく、人と技術も含めた文化交流を大切にしている証である。
海外から東京を訪れる人へ
ガルシアシェフが考える「東京を訪れる価値」は明確だ。
高度な専門性と、旬を尊ぶ文化が、東京には凝縮されている。様々な店を巡り、その店でしか味わえない料理に出会うことは、東京を楽しむ大きな意味となる。
同店のタコス・バーの体験が、その一つになれば嬉しいという。
最後に、外国人旅行者へのアドバイスを尋ねると、彼はこう答えた。「日本のルールに躊躇することなく、自国の文化との違いを楽しんでほしい。分からないことは聞いてくれればいい。料理は会話からもっと美味しくなるはず、なのだから。日本独自のカルチャーやルールはそこから学ぶことも出来る。」
在来種トウモロコシ「ブルーコーン」から生み出される一枚のトルティーヤ。
今日も東京で、新しい物語を包み込んでいるに違いない。
Los Tacos Azules
マルコ・ガルシア
メキシコ北部モンテレイ出身。学生時代の日本留学で、日本料理の季節感や素材への敬意に強い影響を受ける。帰国後はメキシコ各地を巡り、在来種トウモロコシとトルティーヤ文化を再認識。2011年にモンテレイでタコス店を開業し、2018年に東京の三軒茶屋でロス・タコス・アスーレスを開店。現在は恵比寿を拠点に、メキシコの伝統と日本の四季を重ね合わせたタコスの表現を探求している。
住所
三軒茶屋:東京都世田谷区上馬1−17−9
恵比寿:東京都渋谷区恵比寿西2−7−1 1F
https://www.lostacosazules.jp/
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