東京で味わう「国産ジビエ」の魅力

2025年12月18日

天然の鹿肉や猪肉などを使用した“ジビエ料理”―――
それは、野生鳥獣を食材としておいしくいただく、日本の新たな食文化です。
そしてこのジビエ料理が、
多彩な食の魅力で国内外から多くの人を惹きつけてやまないここ東京で今、
熱い視線を集めていることをご存じですか?
本企画では、ジビエ文化の普及に尽力する日本ジビエ振興協会代表理事と、
狩猟経験を持ち、ジビエ料理を看板メニューとして提供する
東京のシェフにインタビューし、
それぞれの視点からジビエの魅力に迫ります。 
これを読めばきっとあなたも、東京でジビエを味わいたくなるはずです。

「ジビエとは?」

ジビエとは狩猟で得た野生鳥獣の食肉を意味する言葉(フランス語)で、ヨーロッパでは貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化です。国・地域により捕獲できる野生鳥獣が異なることから、野ウサギ、シカ、イノシシ、クマ等の獣類や、マガモ、アヒルなどの鳥類ほか、国によっては野生のカンガルーやワニもこれに該当します。

その昔フランスなどでは、ジビエを使った料理は自分の領地で狩猟ができるような、上流階級の貴族の口にしか入らないほど貴重なものでした。
そのためフランス料理界では古くから高級食材として重宝され、高貴で特別な料理として愛され続けてきました。
そこでは、動物の尊い生命を奪う代わりに肉から内臓、骨に至るまで、全ての部位を余すことなく料理に使い、生命に感謝を捧げようという精神が流れています。山野を駆け巡り大空を舞った天然の肉は、脂肪が少なく引き締まり、栄養価も高い、まさに森からの贈り物。力強く生命力に溢れた、一期一会のごちそうです。

参考/一般社団法人日本ジビエ振興協会

Side A 東京で洗練される、ジビエ文化の大きな可能性

藤木 徳彦さん
一般社団法人ジビエ振興協会 代表理事

近年日本国内でもフランス料理店などを中心に、「ジビエ料理」を見かけるようになり、シカなどがメイン料理として提供されることも珍しくなくなってきました。この陰には、ジビエのおいしさを正しく普及し、社会課題の解決にも寄与する一般社団法人ジビエ振興協会の地道な活動がありました。協会が進めてきた「正しい知識の普及」に向けた取組とは。代表理事・藤木 徳彦さんが歩んだ20年を伺いました。

藤木 徳彦さん

身近になった、“ジビエ”という新しい食文化

年々増加傾向にある野生鳥獣の農作物被害。令和5年度には164億円に達し、被害防止の目的で、124万頭※のシカやイノシシが全国で捕獲されました。しかしこのうち食肉として利用されたのはたった10%程度に過ぎません。私たち一般社団法人ジビエ振興協会は、これまでは廃棄されてきた残り90%について、食肉としての利用を進める活動を行っています。せっかく捕獲した命を無駄にしないためにも、ジビエを資源として活用することが重要。鳥獣被害対策のみならず、地域活性化にも貢献できる取組であると自負しています。

環境省「ニホンジカ・イノシシ捕獲頭数速報値(令和5年度)」(令和6年8月30日)より。

https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs4/sokuhou.pdf

そもそもジビエは、食材としてとても魅力のあるものです。特筆すべきは「おいしさ」と「栄養価に優れている点」。シカは脂肪が少ない赤身肉で、さっぱりとしつつも深い味わい。イノシシは脂の溶ける温度が低く、口溶けの良さが特徴です。飼育されている牛や豚等と違い、野生鳥獣はその土地で育った自然の餌を食べているため、地域ごとの個性や風味が反映され、個体によっても違った味わいが楽しめます。しかも高たんぱくで鉄分豊富。特にシカは低カロリー、低脂質で、美容や健康を気遣う方にもおすすめできます。

ですがこれまでは、「おいしいジビエ」を食べるために必要な狩猟方法や処理、調理方法が普及していなかったことで、「ジビエはおいしくない」という誤った認知が広がっていました。このため、当協会では「おいしいジビエ」を普及させるべく、研修会等を通じて、適切な調理法を周知・啓蒙。またジビエ本来のおいしさを周知する一環として野生の肉を扱う上での安全・安心の確保が不可欠と捉え、全国で未整備だった衛生管理ガイドラインの策定を国に呼びかけました。これに呼応し2014年、厚生労働省により衛生管理ガイドラインが策定され、続く2018年には衛生管理ガイドラインを遵守して作業する処理施設を認証する「国産ジビエ認証制度」も制定されました。これらが礎となり、シカ肉を始めとするジビエは、安全・安心な新しい食材として国内に認知されつつあります。

協会が全国調理師養成施設協会の会員向けに実施する「ジビエ料理セミナー」

衛生的な一次処理に必要な設備を備えた移動式解体処理車を開発

日本でしか食べられないジビエ料理

一方、訪日客に目を向けると「ジビエを食べに日本に行こう」というニーズは現時点で多くないものの、野生鳥獣を食べることに対するハードルも高くないと受け止めています。日本で立ち寄ったレストランにジビエ料理があり、それらが日本らしい料理、例えばメンチカツやすき焼き、串焼きなどだったりすると、おいしいと喜んで食べていただけるのではと、大きな可能性も感じています。

日本のジビエの一番の特長は、総じて衛生面に配慮し、処理がとても良いことです。臭みが抑えられていることが利点である反面、食べ慣れた方にはパンチに欠けるように感じられるかもしれません。ヨーロッパのジビエの「強さ」にマッチするような濃厚なソースや、個性の強いスパイシーなワインは日本のジビエには合いづらいということもあるでしょう。

では日本のジビエはどういう料理で映えるのか? 以前訪れた料亭で驚いたお料理があります。シカを鰹節のように乾燥させ、薄くスライスして出汁をとる。これが大変上品な味わいで、茶碗蒸しや炊き合わせに利用されたそのおいしさに感激しました。ジビエらしさも残しつつ繊細な和食ならではの味付けで、日本のジビエのポテンシャルを感じたものです。日本にはこういう「日本でしか食べられない、日本ならではのジビエ料理がある」ことを、ぜひ海外の方にも知ってもらいたいんです。

多様性こそまさに、「東京ジビエ」

ジビエのさらなる普及を考えた時、「食の中心地」である東京の果たす役割は大きいと可能性を強く感じています。
ジビエという主に地方の食材が、一大消費地である東京に集まり、地方とは異なる様々なジャンルの料理法や客層の厳しい選択眼の中で揉まれ、洗練されていくことが想像できます。そこにはきちんと勉強してきた調理人や、訪日客もいるでしょう。

多彩な食文化を抱える東京だからこそ、多様なジビエ文化を育む土壌があります。フレンチだ和食だと型にはまらず、いろんな料理でジビエにチャレンジできるのも東京の面白いところ。ジビエカレーやジビエ肉まんといったカジュアルな楽しみ方もありえます。それらチャレンジをすべて「東京ジビエ」と捉えて、多様さを楽しめるのがまさに東京なんだと思います。

そして願わくば、東京で成熟したジビエ文化がまた地方に還元されるのが理想的ですね。東京で胃袋を掴み、料理としてより広がりと深みを増して地方に伝播し、日本全国でジビエが安全でおいしい日本の食文化として、さらに成長していくことに期待しています。

衛生管理ガイドライン策定への呼びかけ、野生鳥獣を「食肉として扱う」ことが法的に認められるところから、おいしいジビエの普及に携わってきた私たちは、ようやく安全に流通させることのスタートラインに立っていると感じます。家庭でもおいしいジビエを食べていただけるようになるには、まだまだここから。地道に、ジビエのおいしさを国内外に伝えていきたいと思います。

Side B 「おいしいジビエ」は、東京でこそ味わえるという事実

室田 拓人さん
フランス料理店「ラチュレ」オーナーシェフ兼ハンター

ハンターでもある室田さんは、狩猟を始めたきっかけを「とにかくお客様においしい料理を提供したかったから」と語ります。ワンクリックでなんでも手に入るこの時代に、猟場へ足を運び、自ら狩猟し、命の責任を強く感じながらよりおいしく料理することにこだわっています。フランス料理店「ラチュレ」オーナーシェフ・室田 拓人さんが抱く、ジビエに対する深い想いを伺いました。

室田 拓人さん

ジビエ未経験のお客様と「ジビエ」との距離を縮めたい

僕がジビエと出合ったのはフランス料理の料理人を志してからです。初めて口にしたのは、たしか鹿肉のローストだったと思いますが、野生肉を食べる文化があることと、そのおいしさに強い衝撃を受けました。

ジビエの魅力って、「一つとして同じものがない」ところなんです。牛や豚などと異なり、ジビエは育った環境や食べていた餌、月齢や獲れた季節によって味も食感もまったく違う。今日食べていただくシカと、違う季節にご提供するシカが全く別物に思えるくらいです。このように「毎日違う」食材をどうやったら活かせるかと考えることは料理人の力量が試されていると思うし、僕自身はそれを楽しんでいます。

お客様には「おいしい」にとどまらず、季節感や食材の味わいに隠れたストーリーをぜひ感じていただきたいと思います。今日のは濃厚だね、とか、今回はとても柔らかいねというふうにお客様との間に会話が生まれるのも楽しい。それらすべてに、ジビエ料理の面白みを感じます。

蝦夷鹿のロティ。シカは比較的クセのない味わいだが、それだけに食材として奥が深い

実は僕は20年ほど前から、自分で狩猟もするようになりました。よりジビエという食材への理解を深めたくて狩猟免許を取得したわけですが、このことが僕のジビエへの向き合い方に大きく影響を与えました。

僕が初めて狩猟した時、獲物のカモの心臓はまだ動いていて、温かみを感じたのが強く印象に残っています。それを抱える中で、「命をいただく責任」を強く感じました。獲った瞬間から料理は始まっている。ああ、料理人とはそういうことだよな、命をいただいている僕らは感謝して、一番おいしくなる方法で、余すところなく使ってあげなければいけない、と。この経験で、僕は完全に意識が変わりました。僕の料理を食べて、同時にこういうことも感じていただけたら嬉しいです。

ジビエ未経験のお客様の中には、「野生肉」ということで食べにくさを想像される方がいらっしゃることも事実です。本来、狩猟方法や処理を正しく行ったジビエは、臭みも食べにくさもなく本当においしい。ですので未経験の方には、シカなど食べやすいお料理をお出しし、まずジビエを好きになっていただくことを意識しています。そこから興味を持っていただけたら、熟成させたものや野性味のあるものといった、ジビエの滋味深さを堪能できるお料理をおすすめする。とにかく、段階を踏んでご提供するようにしていますね。まずは「ジビエってこんなにおいしいんだ」とご自身で感じていただくことを大切にしています。

網獲り青首鴨のロースト。食材に、命をいただく責任を感じ「おいしく料理してあげたい」と思う

“独自の文化への興味が強い”海外のお客様の訪日の目的に

ジビエは海外のお客様、特にアジア圏の方に人気なんです。当店も3~5割は海外からのお客様です。何度も訪日されるのであれば、例えば寿司は日本や自国で食べたことがあるという方が多いと思います。ですが地域性が強く出るジビエという食材は、世界中で一つとして同じものがなく、日本のジビエは日本でしか食べられません。そもそもアジア圏にはジビエ文化がない国も多く、ジビエを食べたことがないという方も珍しくありません。日本には古くから狩猟文化があり、殺生が厳しく禁止された時代を経てもなお、野生鳥獣は魅力ある食材でした。ジビエ料理は、“独自の文化への興味が強い”海外のお客様にとって訪日の目的になり得るんです。

日本のジビエはさらに、欧米のものとも異なります。獲れる種類が違いますし、同じ種でも小型で繊細。海外の野性味溢れるジビエを食べ慣れた方には物足りなく感じられるかもしれませんが、多くの方に受け入れていただきやすいのは強みだと思います。

このように素材が違いますから、フランス料理の技法そのままではなく、繊細な日本のジビエに合わせて料理法も変えています。例えばイノシシと魚介を合わせたり、クマと山椒を合わせたり。海外のお客様をお迎えする中で、僕の料理感も変わりましたね。フランス料理に日本の文化を融合するような料理を考えることが多くなった。ジビエを食べ慣れた欧米の方にも、自国にはない日本のジビエ、独自のジビエ料理に魅力を感じていただけるのではと思っています。

フォワグラをシカ、クマ、イノシシ、アナグマのミンチ肉で包み込んだジビエのパテ・アンクルート。ジビエの魅力と室田さんの工夫が詰まった一品

ジビエを楽しむ場としての東京

東京が産地から離れていることは、ジビエを楽しむ場として不利であるとは思いません。日本の最高級の魚が豊洲に集まるように、ジビエもまた、質の高い食材が全国各地の産地から東京に集まってくるからです。遊ぶところ、見るところまで、すべて東京に集約されています。都会にいながら日本の里山や自然を、食材や料理で楽しむなんて最高ですよね。

多種多様なレストラン、技術を磨く料理人、世界から集まる食のトレンド、国内外から注がれる食通の視線。そこに、ここでしか出合えない食材と、独創的な調理法のマリアージュ。
「おいしいジビエ」は、実は東京でこそ味わえる、と僕は思っています。東京で食べるジビエは、ここ東京に来なければ食べられない、特別な一皿なんです。

ジビエ、その一期一会のおいしいストーリー

日本のおいしいジビエの普及に情熱を燃やす振興協会、
命の重さと責任を感じながらおいしいジビエ料理を届ける東京のシェフ。
ジビエの未来に向けて突き進む方々の「強い想い」を紐解きました。
日本の新しい食文化を担うジビエは、この国の、ここ東京でしか食べられない「一期一会のおいしいストーリー」です。
出会いと魅力は、お皿の数だけ。
ぜひあなたも東京で、ジビエ料理を味わってみませんか。

日本ジビエ振興協会代表理事

藤木徳彦

ふじき のりひこ

1971年、東京都生まれ。駒場学園高校食物科卒業後、長野県・蓼科高原のオーベルジュで修業を積み、98年に「オーベルジュ・エスポワール」を開業。2017年に「一般社団法人日本ジビエ振興協会」を設立。代表理事として、日本全体でのジビエの普及に取り組む。

ラチュレ

室田拓人

むろた たくと

1982年、千葉県生まれ。武蔵野調理師専門学校卒業後、東京・芝の「レストラン タテル ヨシノ」を経て2010年より東京・渋谷の「デコ」シェフに就任。16年に「ラチュレ」を独立開業。09年に狩猟免許を取得している。

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