都会の暮らしに根付いた食文化に触れる

2026年6月10日

世界中の多様な食が集まり、発展させることで、独自の食文化が生まれる街、東京。
江戸の伝統野菜をはじめとした様々な食材の産地でもある、東京。

東京の気候風土が生んだ自然の恵み、
食材の一つひとつに込められた生産者の想いやストーリー、
伝統の技法と革新的なアイデアを凝らし、東京の食文化を紡ぐ料理人たち。

東京ならではの「ガストロノミーツーリズム」が、
きっとあなたの日常に、新しい気づきを与えてくれるでしょう。

ガストロノミーツーリズムとは
その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、
その土地の食文化に触れることを目的とした旅のこと。
知って、学んで、味わう時間が、あなたの旅を彩ります。

都会の暮らしに根付いた食文化に触れる

「東京」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、
新宿、渋谷、銀座など高層ビルが立ち並ぶ光景ではないでしょうか。
そんなイメージからは想像しがたいかもしれませんが、実は東京23区内でも様々な地産地消が行われています。
今回、食や農業のエキスパート2人が都会の街並みを巡ってみると、
そこには、東京の食文化、歴史と伝統、そしてそこで奮闘する作り手の存在がありました。

参加者(写真左)

小谷 あゆみ
野菜をつくるアナウンサー:ベジアナ
ニュース番組のグルメリポーターや、畜産番組のリポーターとして全国の食の生産者を取材。また、野菜をつくる「ベジアナ」として農ある暮らしの豊かさをブログで発信。全国の農業・農村を取材し、メディアに執筆。「世界農業遺産カレンダー」を日本農業新聞より発売中。
https://www.ameba.jp/profile/ameba/ayumimaru1155/
https://www.instagram.com/vegeanaayu/

ファシリテーター(写真右)

きじま りゅうた
料理研究家
東京生まれの料理研究家。豊富なアイデアとユーザーの目線に立った家庭料理のレシピはもちろん、軽快なトークも人気。都市農業にも関心が高く、NHKの番組では、東京の都市農業をクローズアップする「きじまりゅうたの都市農業×TOKYO」のコーナーを担当。
https://www.youtube.com/@kijimagohan
https://www.instagram.com/ryutakijima/

住宅街の農園「ベジファームかのん」でサツマイモ掘りを体験

最初に訪れたのは、練馬区上石神井にある「ベジファームかのん」です。練馬区は23区内で最大の農地面積を誇る地域で、練馬区西部にはかつて農家が竹や薪の採取や防風の目的で使っていた「屋敷林」と呼ばれる雑木林が点在し、住宅と畑と雑木林がパッチワークのように広がっています。
2人を迎えてくれたのは、代々この土地で農業を営む高橋範行(のりゆき)さん。

毎年秋にはサツマイモ掘り体験を団体向けに実施しているそうで、2人も人気の品種、紅はるかの収穫を体験させてもらいました。
「すごい!土がふわっふわですね。虫も多くて、健康な土なのがひと目でわかります」と驚く小谷さん。

「土(サツマイモ)づくりは祖父のやり方にならって稲の藁を入れています。都心からお子さんがサツマイモ掘り体験に来られると、普段土に触ることがないので虫一匹見ても、お芋を掘っても、すごく喜んでくれますね。いい食育の場になっているのかなと思います」と高橋さんは笑顔で話します。

サツマイモの収穫は、畝(うね)の土を崩して実が見える状態にしてから引き抜くのがコツとのこと。鮮やかな赤紫色の実が見えるまでは順調でしたが、引き抜くのは思ったより力がいるようです。
「え?なかなか抜けない……すごい!1㎏くらいありそう!」
「よいしょ!とれたー!」
2人とも童心にかえって大喜び。無事、巨大な紅はるかを収穫できました。

練馬区内には農業体験を実施する農園がたくさんあります。またコインロッカーを使った庭先販売は「練馬式」と呼ばれるほど地域に定着しており、公式アプリ「とれたてねりま」で、庭先販売や農業体験の情報を探すことができます。もちろん「ベジファームかのん」にも無人直売所があり、この日はサツマイモ、サトイモ、栗、シイタケ、ダイコン葉などが販売されていました。

高橋さんによると、区外から買いに来る人も多いそうで、都心(近隣)の住人にとっては練馬が一番近い野菜の産地であることを実感するといいます。また、消費者は周辺にたくさんいるので、高橋さんはビジネス交流会などで知り合った、レストラン、ラーメン、ピザ、パン、洋菓子などの店に直接野菜を卸しているとのこと。店からリクエストを受けて、新たな品種に取り組むこともあるそうです。

「都市農業には、畑が狭くて生産量が限られるなどの制約もあるでしょうけど、一方近くに巨大な消費地があるから、自分の野菜や農園について知ってもらえるチャンスがたくさんある。それは23区の農家さんの強みかもしれませんね」と、感心するきじまさん。
都市農業には、農業従事者の高齢化や人手不足、収益の安定化が難しいといった課題がありますが、こうした背景を踏まえて、「でも今の時代、農業を継ぐことに迷いはなかったですか?」という小谷さんの質問に、高橋さんはこう話してくれました。

「伝統ある農地を守っていくのは大切なことだと思っていたので、迷いはありませんでした。でも就農してからの8年で、人手がないと作業が回らないことも実感したので、最近は、福祉施設を通じて障害をお持ちの方に農作業の手伝いをお願いする「農福連携」に取り組んだり、加工品づくりや長期保存の方法を導入したりして、都市農業を持続可能にするための工夫を模索しています」。
生産者の方々の熱意と工夫で、東京で新しい都市農業の歴史が刻まれていることを学びました。

「ファーム・トゥ・テーブル」の和食を小料理石井で味わう

そんな生産者の想いを受け継いだ料理が味わえる店「小料理石井」でランチをすることに。店主の石井公平さんは都心の料理店で勤めた後に、地元の練馬区大泉で店を構えた経歴の持ち主。練馬区内で生産された野菜や東京の伝統野菜「江戸東京野菜」をふんだんに使った、美しい和食が人気です。

「地元の野菜を使い始めたのは、実家の近所で開かれていた『緑と農の体験塾』に参加して、週末農業を始めたのがきっかけです。体験塾で農家さんをたくさん紹介していただいたこともあり、今は20軒弱の農家さんのお世話になっています」と石井さん。
きじまさんの「地元の野菜を使う良さは、どんなところですか?」という質問に、石井さんは「やっぱり鮮度ですね」と即答し、こう続けます。

「市場に届くものは、畑からうちの店に届くまで中2日かかりますが、地元なら、その日にその場で採ったものが使えます。鮮度は味に出ますから、その差は大きいです」。
とはいえ、気候により不作になることもあれば、手間がかかる野菜は農家が作りたがらないという難しさもあるようで、取引が農家の負担にならないような配慮も必要とのこと。
「農家さんとの人間関係をつくることも大事だなと感じますね。例えば江戸東京野菜の内藤かぼちゃは、種の保存のため調理後にかぼちゃの種を農家にお返しする必要があるので、一般には流通していません。農家さんの信頼を得て取引をさせてもらうことで、お客様にもこの伝統野菜を楽しんでもらえています。」と石井さんは話します。

また、石井さんは直接農家に野菜を取りに行くため、日々、家と店、農家、築地市場を行き来しているとのこと。忙しくても畑に行くのは、それだけ畑で得られるものが多いからだそうです。
「新しい料理を考えるのは結構大変な作業で、私の料理の師匠は困ると料理の本を見ていました。でも、私の場合は、畑に行けば野菜が教えてくれる。農家さんから、今日はカブがあるよ、もうすぐミカンができるよと声をかけられて、そこから料理を考えることもよくあります。畑を見て、献立をいかようにも変えられるのは自分の強みだと思います」。

そして、農家さんから独特な食べ方を教わることも多いのだとか。今年の夏は農家さんの食べ方を参考にした「ゴーヤのナムル」がヒット作になったそうです。

今回、ランチの焼き魚定食には色とりどりの野菜の料理が添えられていて、主役の魚に負けない華やかさ。

「お吸い物は西東京市の矢ヶ崎さんの後関晩生小松菜で、今朝、僕が買ってきたものです。カブは南大泉の高橋さんのところで昨日採ったもの。サツマイモは大泉の加藤さんのところのもので、土鍋ご飯とレモン煮にしています」と、石井さんはすべての料理に使われている野菜と生産農家の名前をセットで説明してくれました。土鍋のふたを開けるとふわっと湯気がたち、またもや歓声があがります。

「まさに採れたて、炊き立て、作り立てですね。すべてが畑から直送のお料理で、石井さんが農家さんと深く交流されていることが伝わってきます」と小谷さん。

色彩豊かで美しく、心まで温かくなるような料理の数々。東京ならではの地産地消を堪能して、笑顔満開の2人でした。

妙法湯の「こんぶの湯」と湯上りのイヨシコーラ

「この界隈は僕の地元なんですよ」。
きじまさんの案内で、豊島区西池袋にある銭湯、「妙法湯」へ。

三代目店主、柳澤幸彦さんについて、営業前の女湯に入っていくと、小さな浴槽に湯が張られ、ぎっしりと昆布が入っていました。この浴槽で10㎏分の昆布を洗い、ゴミやプランクトンを落としてから、お風呂に入れる「こんぶの湯」を、月に1回のペースで実施しているそうです。

「昆布にはプランクトンを増やして海の生態系を保つ働きがあるだけでなく、杉の木の5倍のCO2を吸収する効果があるため、環境保全を目的に東京湾で養殖されています。そのうち食用にならないものを豊島区内の銭湯に送ってもらって、『こんぶの湯』としてお客さんに楽しんでもらっています。昆布には化粧品にも使われるフコイダンという成分がたっぷり含まれているので、肌がすごく潤うんです」と柳澤さん。しかも銭湯で使用した昆布は、狭山茶の農家で肥料として使われ、食の循環にも役立てられています。豊島区の銭湯では、地元の小学生に昆布を洗う体験をしてもらっており、こうした一連の活動は、環境省の「グッドライフアワード」で特別賞を受賞したとのこと。
2人も特別に用意された昆布を洗い、きじまさんは「こんぶの湯」に入浴することに。

「昆布を洗ったときはぬるぬるしたけど、お湯はなめらかな感触で気持ちがいいです。それに、やっぱり昆布出汁のいい香りがする!おもしろい体験でした」ときじまさん。柳澤さんも「お客さんからは『おでんの具になったような気がする』と言われることが多いです」と笑っていました。

番台前で2人を待っていたのは、「伊良(イヨシ)コーラ」の代表、コーラ小林さんでした。イヨシコーラは2018年に新宿区下落合で創業したクラフトコーラ専門メーカーで、現在は多くの店で販売されていますが、実は銭湯から人気に火が付いたと言います。早速、イヨシコーラを飲もうとする2人に、「飲む前に缶を10秒ほど逆さにしてください。下に溜まっているスパイスが混ざり、プルタブを引いたときに、香りがふわっと広がります」と、小林さんから飲み方が伝授されます。
「10秒待ちました。飲みます!……なんだか懐かしい味がする。シナモンかな?」
「クローブかな?これはおいしい!風呂上がりには最高ですね」

「このイヨシコーラはどうやって誕生したんですか?」
興味津々の2人が聞き出したところ、小林さんは元々熱烈なコーラマニアで、会社勤めをしながら趣味でコーラを作っていたとのこと。「ある日、和漢方の職人だった祖父が残した、漢方配合の資料を参考にしてコーラを作ったところ、すごいものができた!と気づき、キッチンカーで売るようになりました。「伊良(イヨシ)コーラ」という屋号は、コーラ小林の祖父である和漢方職人だった伊東良太郎の工房・伊良葯工(いよしやっこう)から名付けられていて、祖父の工房があった下落合が創業の地になっています」と小林さん。漢方にゆかりのある商品だからこそ銭湯との相性が良かったのでしょう。コーラの残渣(ざんさ)から作られた入浴剤を入れた「イヨシの湯」は、都内の銭湯約450軒で実施され、大好評を博したそうです。

東京湾の昆布に都内で生産されるコーラ、そして銭湯という意外な組み合わせから、妙法湯で至高の癒しを体験した2人。妙法湯を後にして、小谷さんはしみじみと話します。「東京にはいろいろな人がいて、多様なカルチャーがあることを改めて感じますね。食という切り口に銭湯やコーラも入ってきて、そこにワクワクするようなエンターテイメント性も用意されている。その振り幅の大きさには本当に驚かされます」。

※「WELCOME!SENTO」の暖簾を掲出している銭湯では、多言語での接客やキャッシュレス決済などに対応しています。WELCOME!SENTOとは>>

「CYCAD BREWING」で味わう東京発のクラフトビール

妙法湯から徒歩数分で行けるのが、きじまさんも妙法湯の柳澤さんもよく飲みに行くという「CYCAD BREWING(サイカド ブルーイング)」です。「西池袋Mart」という古いロゴが残る建物は、かつて個人商店が集まる市場のような場所だったとのこと。大きなソテツが置かれた入口から中に入ると、アメリカのバーを彷彿とさせる空間が広がっており、カウンター奥に醸造所が見えています。

こちらは都内でクラフトビールの事業をしていた3人が集まって、2023年4月に始めたマイクロブルワリー。醸造長を務める藤浦一理さんは、アメリカの自家醸造コンペティションで、アメリカ人以外で唯一金メダルを受賞した醸造家でもあります。ブルワリーの内部を案内してくれた醸造家の福田哲也さんによると、ビールの仕込みから完成までは約1ヶ月。3つのタンクで計1200リットルのビールが作られるとのこと。

店名の「サイカド」は、ソテツを意味する英語で、クラフトビールの奥深さをソテツの多様性に重ね合わせているそうです。「多様性を大事にしたいので、月に4~5種類、年間だと50種類くらいのビールを作っています。同じビールでも麦芽やホップを変えてアップデートさせていますし、お客さんの声から新しい味が生まれることもありますね」と店長の植松康佑さん。

2人は特別に、カウンターに入ってサーバーからビールを注ぐ体験もさせてもらえることになりました。

メニューには9種類のビールがあり、植松さんが詳しく説明してくれるのでおのずと期待と興味が高まります。
「ホリダス3はうちの3作目にして、うちのフラッグシップ的ビールです。ヘイジーと呼ばれる濁りのあるビールで、苦味のないトロピカルな味わいです」。
「……フルーティですごく飲みやすい!」
「杉本・ザ・エルダーは、醸造スタッフ杉本君の卒業制作です。アメリカの伝説的なビール、プライニー・ザ・エルダーという伝説的なビールにちなんで命名しています」
「……ほろ苦いの来ました。おいしいー」
まさにクラフトビールの多様性。こんな調子で、どんどん2人のグラスが空いていきます。

現在、東京ではクラフトビールのマイクロブルワリーがどんどん誕生しています。サイカドブルーイングでは、近所のビアバーとコラボを行うこともあるそうです。新しいことに挑戦したいという人が集まってきて、その人たちが出会って科学反応を起こす、そんなムーブメントが起きやすいのも東京の魅力。植松さんによると、クラフトビール・ホッピングを楽しむために、他地域から東京にやってくるビール好きも多いそうです。またクラフトビールといえば、アメリカが本場ですが、植松さんは日本のクラフトビールのレべルも上がっているので、昔ほどの差はないと話します。「鮮度という点では、輸入する時間がかからないので、日本産のビールはとてもフレッシュでおいしいですよ」。

その言葉に反応したのが、きじまさんです。「やっぱりビールも鮮度が重要なんですね。これも地産地消のひとつのカタチで、今日のツアーがひとつに繋がった気がします。今日1日いろいろなところを巡って感じたのは、都心でなにか新しいこと、おもしろいことをやろうとしている方たちにとって、産地と消費地が近いことは大きなプラスになっているということ。人が作るものやその気持ちに触れること自体がおもしろい体験ですから、東京のガストロノミーの魅力が広く伝われば、もっとおもしろいことになりますよね」と、感慨深げでした。

人が自然と集まり、そこで新たな挑戦や交流が生まれることで、新しい食文化の萌芽が見られるのも東京の魅力のひとつ。

畑に和食、銭湯、クラフトコーラ、クラフトビール。暮らしに根付いた地産地消、東京の風土に根差した食文化を体験して、実際に訪れてみなければわからない、東京のおもしろさを再発見できた1日でした。

(本記事は、2024年度東京都で実施した東京におけるガストロノミーツーリズムの魅力発信事業の実施レポートです。)

訪問先

ご協力いただいた施設・お店をご紹介します。

ベジファームかのん

練馬区上石神井にある約1100㎡の農場。年間で40種類弱の野菜や果物を栽培している。新鮮な野菜や加工品を販売する庭先販売も人気が高い。
https://vfkanon.tokyo/

小料理石井

西武池袋線大泉学園駅から徒歩3分の和食の店。地元の採れたて野菜や江戸東京野菜のほか豊洲市場で厳選した旬の魚など、鮮度抜群の美食が評判。
https://www.koryouri-ishii.com/

妙法湯(みょうほうゆ)

西池袋で三代続くまちの銭湯。生の真昆布を浴槽に入れた「こんぶの湯」は、肌に優しいだけでなく、使われた昆布を農業用肥料として再利用するなど環境にも優しい。
https://myohoyu.com/

CYCAD BREWING(サイカド ブルーイング)

妙法湯から徒歩圏内にあるクラフトビールのバー。店内で醸造されるビールは年間で約50種類に達する。ボリューム満点のパストラミやソーセージもおすすめ。
https://www.instagram.com/cycad_brewing/

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